「選手たちとの距離感というか、関係性を考えると、僕は自分の手のひらに乗せた濡れた固形石鹸が浮かぶんですよ。握ってないと滑り落ちそうになるけど、強く握り過ぎるとスルッと外に飛び出してしまう。そうならないよう緩め過ぎず、締め付け過ぎず、動く石鹸をしっかり見ている。感覚的にはそんな感じでしょうか」
そして、忘れていけないのは『手の中の石鹸が常に生きている』ということだ。

選手の可能性、チームの可能性が思わぬドラマを生む
昨年、チームの大黒柱である佐藤涼成から「大学を中退して広島ドラゴンフライズに入団したい」と告げられたのはオータムリーグを目前に控えた8月のことだった。網野はそのときの心境を「パッと浮かんだのは『なぜこのタイミングで?』っていう言葉。でも、一方でそうだろうなあと納得する気持ちもあった」と振り返る。
「彼は3年生の終わりに横浜ビー・コルセアーズの特別指定選手としてBリーグも経験しているし、学生選抜の代表として多くの舞台にも立った。それが自信につながっていたのは間違いないし、実際チームの中でも群を抜く存在だったので、今のまま大学でプレーすることに物足りなさを感じたとしても無理はないなと思いました。本人はきっとものすごく葛藤したに違いないし、その末に出した答えなら尊重してあげたい気持ちが強かったです」
そう思いつつも網野のアスリート脳はいち早く起動していた。佐藤を失う痛手は大きい。が、失ったものに執着していても仕方ない。マイナスからプラスを生み出すチームにするには?そのために自分がやるべきことはなんだ?
時を置かず開幕したオータムリーグは3連敗という苦しいスタートを切ったが、それも想定内だったかもしれない。『エースが抜けたことを言いわけにしない』と決めたチームは徐々に “新しい白鷗” の顔を見せ始め最終順位は3位まで浮上。続くインカレではさらに一段ギアを上げ『エースが抜けたことで俺たちは強くなれた』と言わんばかりの結束力で頂点までの道のりを突っ走った。
その中で注目を集めたのは佐藤に代わってキャプテンを任されたPGの佐古竜誠だろう。白鷗大のディフェンス力に心奪われ、他校からのオファーを断って一般入試で入学した変わり種。AチームとBチームを行き来し、「このまま4年間が終わってしまうのかなあ」と思っていた矢先、スタメンでチームを牽引する大役が回ってきた。初めてのインカレ出場、初めての決勝の舞台。リーグ戦で2敗している早稲田が相手となれば緊張の度合いもMAXだったに違いない。だが、それを乗り越え、終ってみれば101-83の勝利とともに優秀選手賞の栄誉も勝ち取った。「こんなこともあるんですね。なんか言葉にならないです」 ── 教え子の晴れ姿を見ながらつぶやいた網野の顔はとてもうれしそうで、どこか誇らしげにも見えた。

手の中の石鹸は生きている。状況によって形を変えれば、ぷくぷく音を立てる泡の中からとんでもないドラマが生まれることもある。日々選手たちと向き合って生きる指導者の醍醐味はそんなところにあるのかもしれない。
試合終了後のインタビューで「白鷗をひと言で言えば僕にとっての家族。この家族がもう本当に大好き!」と笑顔を見せた佐古。「すごく緊張はしたけど不安はなかったです」と答えたあと「自分のことを網野さんはずっと見ていてくれたから」と続けた言葉がすっと胸にしみ込んだ。
どうせ跳ぶならもっと高く!(5)へ続く
文 松原貴実
写真 鈴木真人











