「ただね、自分にはまだ1つだけ心残りがあったんですよ。一緒に汗を流し、1部復帰の喜びを分かち合った日大の選手たちへの思いです。白鷗大の監督になれば同じリーグでその選手たちの敵として戦うことになる。自分を信じて付いてきてくれた彼らはどんな気持ちになるだろう。こんなに後ろ髪を引かれるのはまだ『母校の監督』という立場にこだわってるからじゃないかと自問したりもしました。そのタイミングで聞いたのが『人間至る処に青山有り(じんかん、いたるところにせいざんあり)』という言葉です」
流れてきたのはたまたま点けていたテレビだった。この一篇の漢詩の意味が『人間、骨を埋める場所はどこにでもある。故郷を離れどこに行こうと人生は切り拓けるのだから大志をもって精進しなさい』だと知ったとき、「ああ、そうだよな」と声が出た。
「そうだよな。そのとおりだな。俺、何にこだわってたんだろう。母校にこだわる理由なんか1個もねぇじゃないかって」
進む道がはっきり見えた瞬間だった。

全てを壊してスタートを切る
網野が白鷗大バスケットボール部監督兼部長となった2017年は前任の落合嘉郎がヘッドコーチとして実質的な指揮を執る最後の年であり、部長として体育館にはいたが練習内容について口出すことは一切なかったという。代わりに心がけたのはチームを細部まで観察することだ。
「セットオフェンスの数が非常に多く、決まったオフェンスの形を遂行して勝利を目指すチームというのが第一印象でした。選手たちは『バスケの戦術(セットオフェンス)ってこんなにいっぱいあるんだ』と感動していたと思うし、だんだん強くなっていく手ごたえも感じていたと思います。言い方はアレですけど、自分たちがやっているバスケこそが正義みたいな、そんな感覚だったんじゃないでしょうか。それが悪いとは言わない。でも、僕が目指すものとは真逆でした。新しいスタイルのチームをつくるためには選手たちに “正義” は1つではないと教えなきゃならない。乱暴な言い方をすれば今までのスタイルを全て壊すということです。イメージとしては放牧。君たちは狭い柵(さく)の中を出てもっと自由に走り回っていいんだよ、迷わないように大きな柵は作っておくから最後はそこに戻ってくればいい。そんなイメージです」
選手たちの反応はどうだったのだろう。
「めちゃくちゃ戸惑っていましたね。今まで自分たちが信じてやってきたスタイルをいきなり取っ払われたんですから無理もありません。前田怜緒(茨城ロボッツ)なんかが3年になる年でしたが、『なんで今までやってきたことじゃダメなんですか?』と何度も聞かれたし、反発も大きかったです。そのたびに言っていたのは『君たちの中には将来プロを目指している者も多いだろうけど、プロのチームはヘッドコーチが変われば戦術もそのコーチのスタイルになるんだよ。それを理解して、吸収して、対応しなきゃならない。今は頭でっかちにならずに新しいスタイルに取り組んでみよう』ということです。多分1年間ずっと言い続けていた(笑)。けど、選手たちにしてみたら頭ではわかったつもりでも長く染みついたスタイルはそう簡単に変えられないわけで、やっぱりなかなか結果は出ませんでした」

『俺たちいっぱい反抗したけど、網野さんも辛かっただろうな』と話す選手たちの声を耳にしたのは1年を過ぎたころだろうか。自分をおもんばかる言葉にハッとした。
「僕の言うことに対して素直に心を開いてくれるようになったのはそのころからだと思います。練習の空気が変わりました」
1年間投げ続けてきたボールが選手たちに届いたという喜び。空回りしていたチームの歯車がようやく噛み合い始めた感触。網野が目指す白鷗大の “放牧バスケット” はここからようやく動き始めた。
どうせ跳ぶならもっと高く!(4)へ続く
文 松原貴実
写真 鈴木真人











