子どもたちは身体を動かしながら、耳にした英語を吸収していく。たとえば自分がボールをほしいとき「Can I have a ball?」と言わないとボールがもらえないドリルがある。「ドリルが終わるころにはみんな自然に英語を口にしています。これ、ボールのところを別の単語に置き換えれば日常生活の中で使えるんですね。今すぐでなくていいから、あのときの英語が生きてるなあって気づいてくれるときがくればいい。子どもたちがそう感じてくれればいいなあと思っています」と、語るのは堤英幸コーチ。東久留米教室の開校時から指導に携わる堤さんには今も忘れられない思い出がある。「開校して間もないころですが、毎週欠かさず教室に来てくれるハーフの子がいたんですね。いつも楽しそうに練習していて、見ているとこっちまで楽しくなってくるぐらいでした」。その子がひきこもりだと聞いたのはずっとあとになってから。
「学校にも行かず、家から出るのはうちの教室にくるときだけだというんです。『あの子があんなに楽しそうな顔をするなんて』と驚かれる親御さんの言葉を聞いて、なんていうか、すごく感じるものがあったんですね」。どこにも行き場がなかった子が唯一自分から行きたいと思った場所、自然に笑顔になった場所。「これからもここをそんな場所にしたいと思いました。その子は今アメリカで暮らしていますが、日本に戻って来たときはまた顔を見せてほしい。その子だけじゃなくて、教室に来る子、卒業していく子、すべての子どもたちの『いつでもが帰って来られる場所』でありたいと思っています」
紅一点のコーチ内海亮子さんにとってもこのスクールは“教える場所”と同時に“癒しの場所”かもしれない。名門・桜花学園高校、強豪・JX-ENEOSサンフラワーズの主力選手として活躍した内海さんは、日本代表メンバーにも名を連ね日本女子バスケット界を担うシューターとして期待される存在だった。だが、24歳で左足首を疲労骨折してから度重なるケガに泣き、26歳の若さで現役引退。その後はニュージーランドへの語学留学を経て、英語が生かせる仕事に就いた。「でも、務めて3年目に今度は両足首骨折のケガに見舞われ退職せざる得なくなったんです。そのころはもうバスケットどころかスポーツをすることさえ怖くなっていました」。『えいごdeバスケ』のコーチに誘われたのは新しく外資系の会社で働き出してしばらく経ったころ。「もともと子どもは大好き!仕事では毎日英語と向き合っていますし、それを生かしてバスケを教えるのは楽しそうだなと思いました」。コーチを引き受けて1年が過ぎた今は「ここに来るのが楽しみになっています。できなかったプレーができるようになったとき、子どもたちが見せる表情、パッと明るくなる顔、それを見るたびに私の方が癒されています。バスケットはやっぱり楽しいなあ、みんなそうだよね、バスケットはやっぱり楽しいよねって(笑)」
このスクールでは子どもたちはコーチをファーストネームで呼ぶ。「クリス」「シェリー」「ヒデ」「リョーコ」――シャーマンさんが言う『英語に対するバリア』が消えていく時間だ。子どもの1人がクリスさんに尋ねる。「How old are you?」。「I am thirty eight(38歳)」の答えに、サーティエイト、サーティエイト…と確認したあと「えええ~!」と、驚きの声。「うそ、もっと年取ってるのかと思った!」。湧き上がる笑い声。ああ子どもには適わない。子どもたちの輪の真ん中には笑い転げるクリスさんがいた。
【お知らせ】
『えいごdeバスケ』
毎週火曜日 東京都文京区・文京総合体育館 16時~18時
毎週木曜日 東京都東久留米市・東久留米スポーツセンター 17時~20時半
見学は予約不要で随時可能
コーチ(ある程度の英語力が必要)、インストラクター、ボランティアなどに興味がある方は下記までご連絡ください。
文・写真 松原貴実