「SHIBATAストリートバスケバトル」をプロデュースするアートディレクター松田英幸さんに聞く

新発田市をストリートバスケの街に「ワクワクを引き継ぐのが僕の使命」

── 他にもイベントを企画するうえで忘れられない思い出があるそうですね。

今回開催するイベントの根底にもなっている思い出なんですが、25年前の新発田祭でストリートバスケ「3on3」の大会があったんです。商店街を歩行者天国にして移動式のゴールを持ってきて、コートも手作りでした。そのコートのまわりギリギリに観客が200人くらいはいたんじゃないかな。僕も中学生のときに仲間と出場して大人と対決したんですが、緊張して……1本もシュートを決められませんでした。試合も一瞬で終わってしまったと思うくらい早かったですね(笑)。でもこんなに観客と近い距離で試合をしたのはめちゃくちゃ楽しかっしワクワクしたし興奮が止まらなかったですね。当時、そのイベントを仕切ってくれていたのは、今の僕と同じくらいのアラフォーの人達だったと思うんです。地元の商工会や青年会に所属している人たちですかね?そして、僕も大人になって思ったんです!あのとき僕が感じさせてもらったワクワクと興奮を、今の若い人たちにも感じて欲しいって。

たまに新潟に戻ってきて友人と話をしていても、「新潟には、なんもない。」って言うんです。でも僕は思うんです。「ないなら自分たちで作ればいいじゃん!」って。だからオリンピックイヤーに20年ぶりにUターンしてきたからには、この町を盛り上げてみたいし、若い人にも夢を持って、チャレンジができる機会がきたときには、それに迷わず進んでいけるような雰囲気を発信していきたいんです。

── このイベントにはそんな想いも詰まっていたのですね。では、いつ頃からこのイベントを開催したいと考えていたんですか?

東京にいた2年前くらいですね。新発田市役所の方からイベントに若い人がなかなか来なくなっているのでなにか面白いイベントやってみませんかと声かけてもらったんです。僕は即答で「間違いなくバスケイベントですね」と言いました。オリンピックも迫っていましたし、何より地元新発田市出身で日本人初の1億円プレーヤーの富樫勇樹選手(千葉ジェッツ)というスーパースターがいますから。もうスラムダンクの漫画に出てくるような選手が新発田市から生まれてしまったんです、夢のようです。

── 2年前! けっこう前からなんですね。

実際にイベントの開催が決定するまでにも1年くらいかかっています。その間はイベントのロゴデザインと名刺を早速作って、知り合いにこんなことやるよ!と配りまくっていました。こんなバスケのイベントがあたかも決定しているかのように(笑)。まずはイベントのかっこいい雰囲気と世界観に共感し、理解してもらえるように下地作りを頑張っていました。