僕は目が悪い。
仕事中はコンタクトレンズなので、休みの日にメガネをかけていると「目、悪かったんだ」と言われることもよくある。
ちょっと考えればわかることだと思うが、太陽をラスボスとか言い出して村長から討伐クエスト受けそうなくらいゲーム脳な人間の裸眼が良好であるはずがない。
ちなみにどれくらい悪いかというと、視力が0.1を下回る程度だそうだ。
コンタクトの度数から推測すると、0.06とか0.07とからしい。
視力検査の一番上の輪っかはわからない。
なのでこの検査は一瞬で終わる。
メガネのレンズはバカみたいに分厚い。
太めのフレームでも油断するとはみだしてくる。
大昔に購入したフレームは細めの尖ったデザインで洒落た出で立ちだったが、その厚さの4倍くらいレンズがはみだして台無しにしていた。
柴田恭兵さんでもさすがにあそこまではみだすことはないと思う。
この程度の視力の人間は世の中にいくらでもいるが、僕の周りにはなぜかスポーツを得意とする爽やか系男子が多いので、同じくらい目が悪い人にはなかなかお目にかからない。
なので『視力低い自慢』という謎のマウント合戦が始まれば、ほぼ間違いなく勝つ。
勝てなかったとしても引き分けには持ち込めるので負けない。
だからこの絶対に負けない小競り合いには絶対の自信があったが、相手が『乱視』という特殊能力の持ち主だった場合には苦戦を強いられることになる。
僕には乱視がなかったのでそれがどの程度『見えない』ものなのかがわからず、「俺の方が見えない」という謎のマウントからボッコボコにする伝統的手法が通用しなくなってしまうのだ。
『見えなさ』において圧倒的優位を誇る僕としては、乱視の見え方は未知であると同時に、脅威だった。
そんな僕にも、『その日』は訪れた。
数年前に沖縄に引っ越してきたことで新たなかかりつけの眼科が必要になり、家から近いところを受診した。
大体の場合、最初の診察で検査を詳細に行い、以降は経過観察をしながらコンタクトの処方箋を出していく。
この眼科も例に漏れず、十分な検査をしてこれまで使用していたコンタクトレンズが合わなくなっていないかを調べてくれた。
そして医師の診察の際、思わぬ言葉を聞くことになった。
「乱視が少しありますね」
!
乱視!
ついに!
ついに乱視が!
僕に唯一足りなかったもの。
ピントがうまく合わず二重に見えてしまうというあの乱視。
これを得たことで僕は完全無欠の『見えなさ』を手に入れたのだ。
もう二度と、「視力は悪くないんだけど乱視があるんだよね〜」とかいう気取った輩に怯えることもない。
なんと爽快な気分だろう。
今後、『見えないマウント合戦』を仕掛けてくる奴らを全方位から叩きのめす青写真が見えたような気がした。
いや、見えないんだけど。
とにかくめでたい。
まずは家に帰って早速乱視を確認しよう。
待ちに待ったこの新しい世界を、しかと目に焼き付けるのだ。
はろー、わーるど!
その日、世界は変わらなかった。
コンタクトを取り外して裸眼で辺りを見渡してみても、そもそもの近視が酷いため二重になるならない以前になにも見えない。
全然乱れてなどいない、いつも通りの視界だった。
少し安心した。
今回の引用元:『SLAM DUNK』/井上雄彦/集英社
石崎巧
1984年生まれ/北陸高校→東海大学→東芝→島根→BVケムニッツ99(ドイツ2部リーグ)→MHPリーゼンルートヴィヒスブルグ(ドイツ1部リーグ)→名古屋→琉球/188cmのベテランガード。広い視野と冷静なゲームコントロールには定評がある。著者近影は本人による自画像。