我には妹がいる。
実際には血が繋がっていないが、我は実の妹として寵愛している。
この妹は我がまだ1歳になって間もない頃、従僕が城へと連れ帰ってきた。
しかしこれが野良出身のためかなんといっても気が強く、目に入るもの全て噛み散らかしてまわるような女だった。
我のように高貴な生まれではない妹に品格など期待できようはずもないが、それでも対等な家族として迎え入れ、寛大な心で毛づくろいをしてやると、なにが気に入らなかったのか2秒で噛みついてくる。
だがそのような無礼な振る舞いすらも許すのが、王たるものの器の大きさであろう。
たまにイラッときて小競り合いに発展する日もあるが、大体は許す。
妹の凶暴さは従僕に対しても衰えることなく、触るたびに噛みつかれていたが、その度に従僕は
「じゃれてるんやな、かわいらしい」
と鼻の下を伸ばしていた。
救いようのないアホである。
そしてこの妹のさらに恐ろしいところは、嫉妬の鬼であることだ。
自分が気分ではない時に構われると不快感をあらわにするくせに、従僕が我の世話をしだすと途端に邪魔をしにくる。
我が従僕に顔を撫でることを許すと近寄ってきて撫でられたがり、我がじゃらしを用いて従僕と遊んでやろうとするとじゃらしを横取りする。
とにかく自分が一番でなければ気が済まないらしい。
なんたるエゴイズム、いつかは粛清する必要があるとそう思っていたある日、我は見てしまった。
妹が食事をとる際にも必ず、お馴染みの「待て」をさせられていたのだが、さらに続けて「お手」という謎の掛け声をかけられ、右手を従僕の手の上に乗せさせられていた姿を。
その日より我は妹の1番の理解者となることを誓った。
我はお布団が好きである。
特に毛布の毛並みには母の温もりを感じる。
寒い時分になるとどこからか従僕が毛布を引っ張り出してくるのだが、これを見るとフミフミをせずにはいられなくなる。
そして喉が勝手にグルグルと鳴り出す。
生まれてすぐに生き別れてしまった母の顔などろくに思い出すことはできないが、身体はその感触をまだ覚えているのかもしれない。
母といた場所と比べると今は随分と暖かい土地のようだが、それでも冬の夜は寒い。
従僕がベッドに入る頃を見計らって飛び乗り、その体温と毛布の感触を感じながら眠るのが至上の喜びである。
だがそれは妹も同じ気持ちのようで、我がグルグル言い出すとこちらに寄ってきては噛みつき、ベッドから追い出そうとする。
なんとも惜しい心持ちではあるが、最愛の妹のためであるならば致し方ない。
我は潔くベッドから抜け出し、妹に譲る。
ベッドで眠る我が従僕と我が妹。
床に眠るはこの城の主。
我は王である。
家臣を守るのは我が務め。
王というのも楽ではない。
今回の引用元:『Fate/Zero』/虚淵玄原作、あおきえい監督/アニプレックス 2012
石崎巧
1984年生まれ/北陸高校→東海大学→東芝→島根→BVケムニッツ99(ドイツ2部リーグ)→MHPリーゼンルートヴィヒスブルグ(ドイツ1部リーグ)→名古屋→琉球/188cmのベテランガード。広い視野と冷静なゲームコントロールには定評がある。
著者近影は本人による自画像。