バスケットボール温故知新 陸川章

勝っておごらず、負けてくさらず part2

part1「走ることに明け暮れた少年が高校で出会ったバスケット」より続く

高校の入学式でバスケット部に誘ってくれた2人の全中経験者の他に実はもう1人同じ中学出身の同級生がいた。キャプテンを務めていた彼が進んだのは商業科。「普通科だった私とは授業も違うし、部活ではいろんな技術も教えてもらっていたので、てっきり上級生だと思っていた」と、陸川。しばらくの間ていねいな敬語で接していたという。間違いがわかったときは全員に大笑いされた。1番笑ったのは陸川自身。「バスケットではみんな自分より上級生だったから、まぁいいかと」。明るく律儀な少年の姿が浮かぶエピソードだ。

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── 初めて参加したバスケ部の練習はいかがでしたか?

春先だったので走る練習が中心で、エンドからエンドに一斉に走るんですが、ほら、私は走ることだけは得意だったじゃないですか。だから、ダントツで1位。ただストップができなかったんですね。バスケやってる子たちはストップして折り返すのに、私はドドドッとそのまま行っちゃう。それで折り返して、また追いついて、追い抜くみたいな。これがめっちゃきつくて、バスケってなんてしんどいスポーツなんだと思いました。でも、楽しかった。しんどくても最初からバスケが好きになりました。

── どんなところに『楽しさ』を感じられたんでしょうか?

ひと言でいえば『チームスポーツの楽しさ』ですね。それまでやっていた陸上にももちろん陸上の楽しさ、おもしろさはありましたが、個人スポーツですからいろんなことがすべて自己責任でした。それに対しバスケットは誰か1人の調子が悪くても他のメンバーがカバーすることで勝てるスポーツです。誰かのミスを誰かがカバーして戦うことができる。そこに楽しさ、おもしろさを感じました。

── とはいえ、それまでバスケットの経験がなかったわけですから苦労することも多かったのではないですか?

苦労というか、大変なことはもちろんありましたが、私はいったんやると決めたらとことんやるタイプなんですね。それは性格もありますが、親父の影響も大きい。子どものころ私が何かで「もうダメだ」と口走ると、親父に「ダメだと思ったらダメだわや」と言われました。ボソッと厳しいことを言うんですよ。それに輪をかけて厳しかったのがばあちゃんで、かけっこなんかで1等賞を取って得意満面になっていると、すかさず「自慢、高慢、バカのうち」と言われる。