とある休日に、普段からよく顔を出す飲食店で僕は昼食を取っていた。
平日ということもあってか、店内はまばらな客入り。
人が少ないおかげでゆっくりできてありがたいけれど、馴染みの店が潰れやしないかと心配にもなる。
この店のBGMはけっこう激しめなことが多いのだが、外の穏やかな陽気に合わせてなのか、この日はいたってまったりとした選曲。
近くに座っていた2人組女性客の話し声の方がよっぽどアップテンポで、軽快なリズムを刻んでいた。
食事が運ばれてくるまでの間は本を読みながら時間を潰していたのだが、「食べながら片手間で携帯や本を扱うと座高が伸びて足が短くなる呪い」にかかっている僕は、食事中の時間をただひたすら食べ物と向き合う、と決めている。
そのせいで食事している間は手持ち無沙汰なので、近隣のテーブルの会話の内容がわりとダイレクトに聞こえてきてしまう。
近くの席で小粋なビートを刻む2人組女性客は、どうやら健康志向が大変に強いらしく、食事のこだわりについて語り合っていた。
最近よく耳にするオーガニックとかヴィーガンとか、そういった類を主義としている人たちなのかもしれない。
彼女たちの言うことには、
「小麦をやめてから体調がよくなった」
「カフェインはやめておいたほうがいい」
などの意識の高さがうかがえる言葉が、次々と飛び出してくる。
しかし正直なところ、彼女たちが話しているような、食べ物の摂取による体の不調に関して僕には心当たりがなく、残念ながら共感することはできなかった。
おそらく僕のようなガサツな体育会系には、想像もできないくらい繊細で、かつ真摯に食を追求して日々を生き抜いているのだろう。
幸運にも、健康で丈夫な体に恵まれた僕にとって察することすら難しい事情ではあるが、どうか彼女たちがこれから充実した食生活とともに、穏やかな人生を送ることを願うばかりである。
だが、なにひとつ心情を理解することもかなわない、異議を申し立てられるような立場にないことは承知の上で、それでも納得のいかないことがひとつだけあった。
ここは、“カフェ”である。