「ライン教えてよ」
そう言って安田(仮名)はポケットからスマホを取り出した。
たまたま参加した会合で声をかけられ、ひとしきり話が盛り上がった後のことだった。
思わぬ共通点で意気投合したこともあり、この出会いを今回だけのものに終わらせたくはなかったのだろう。
今後も連絡を取り合い、お互いに都合がつけば食事を共にしたり、休日に一緒にスポッチャへ行ったりして絆を深めていきたい。
そういう意思表示がそこにはあった。
しかし、今や日常的となったこの状況に直面するたび、僕は戸惑いを隠せない。
僕はラインができないのだ。
僕はガラケーを使っている。
ガラケーは便利だ。
電話ができる。メールができる。写真だって撮れる。僕の携帯カメラの画素数ときたら、なんと8メガピクセルだ。メガという単位がどれほどの容量を示すか。100や200などという生半可な数字ではない。100万だ。つまり、僕のガラケーでは800万ピクセルの解像度で写真が撮れる。至近距離で人の顔を撮影すれば、鼻毛がはみ出しているかどうかすらチェックできる。だが残念なことに、スポッチャでローラースケートを楽しむ安田(仮名)を撮影することは難しい。ぐっちゃぐちゃにブレる。
もちろんiモードを使えばインターネットもできる。だがパケット通信料の請求が怖いので使っていない。ちなみに毎月のデータ通信量は0.1ギガバイトだ。ギガという単位がどれほどの容量を……いや、みなまでは言うまい。
こんなにも有能なガラケーなのに、ラインをすることはできない。
テキスト形式で連絡を取ろうとするならば、iモードメールかショートメールのどちらかに限定されてしまう。
いや、実を言うとガラケーでもラインをすることは可能だという話を聞いたことがある。
前述したように、ガラケーにもインターネットに接続する機能が備わっているので、これを利用してラインを使うことができるというのだ。
ただし、その場合はいちいちメッセージが届いているかどうか、自分で確認する必要があるらしい。
ガラケーはスマホのように常にインターネットに繋がっているわけではないので、ラインアプリが自動でメッセージを取得することができない。
そうなると、メッセージを受信するために都度「センター問い合わせ」を行うようなものなので、機能性としてはiモードメール以下だ。
大変に面倒ではあるが、もし自分からメッセージを送信した後であれば、返事が返ってきそうなタイミングを見計らって「センター問い合わせ」で確認することができるだろう。
だが、他人から突如送られてくるメッセージに対し、即座に反応することは不可能だ。
万人からのメッセージを余さずリアルタイムで受け取るためには、一日中ガラケーに張り付いて「センター問い合わせ」をし続けるハメになる。
これでは、企業のなんらかの不備に対して悪質な問い合わせを繰り返すモンスタークレーマーと変わらない。
朝起きたら問い合わせ。顔洗ったら問い合わせ。トイレしながら問い合わせ。歯を磨いたら問い合わせ。スポッチャでチョレイ!したら問い合わせ。
悪名高いモンスタークレーム業界でも、ここまでの頻度で問い合わせをし続ける職人気質の逸材はいないだろう。