そう語る幾世さんには息子に関して1つだけ心にひっかかっていたものがある。「中学に上がるときのことですね。あの子はバスケットじゃなくて野球をやりたいと言ったのにみんなでバスケットをやるよう説得しました。あとになってあれは1つの強要だったんじゃないか、やりたい野球をやらせてやるべきだったんじゃないか、と、それは母親としてずっと心にひっかかっていました」。しかし、息子はそのバスケットに自分が進みたい道を見つけ、定めた目標に向かって突き進んで行った。「よく頑張ったなあと思いますよ。バスケットはもちろんそうですが、あの子はバスケットを通していろんな世界を見てきたような気がします。親バカかもしれませんが、見てきたたくさんのことが糧になっているからこそ次のステージに向かえるんだと思うんですね。それはすごいこと。これからも自分が選んだ道を自分らしく進んで行くことを願っています」
「今でこそコーヒーについて深い話をしてますが、学生時代のあいつは一切コーヒーを飲んでいなかったんですよ」と笑うのは正中岳城(元アルバルク東京)だ。「確かカフェンインは体にどうとか、こうとか、それっぽいうんちくも垂れていました(笑)。もっとも昔から1つのことを突き詰めるタイプでしたから、コーヒー好きが高じてセカンドキャリアを決めたと聞いてもそれほど意外ではなかったです。むしろあいつらしいなと思いましたね」。1年前に現役を引退した正中はトヨタ自動車の社員として多忙な毎日を送っているが、石崎の引退を耳にしてからしばらくは自分の現役時代を振り返ることが多かったという。「あいつはドイツに渡ったり、bjリーグでプレーしたり僕たちにはないキャリアを積んできましたが、その長いキャリアの中に自分の存在も確かにあったわけで、時には対戦相手として、時には同じ代表チームの仲間としてプレーできたこと、人生の中の若くて濃い時間を共有できたこと、それを今熱い気持ちで振り返ることができるのは幸せなことです。ありがたいなあと思いますね」。一足先に現役を退いた自分を石崎の引退に重ねてしまうところがあるとも言う。
「やり残したものはないと言えるのは、自分もそうでしたが、幸せな現役時代を送れた証拠なんですよ。さっきも言ったようにあいつは僕たちが経験しなかった様々なことにトライして、そのたびにいろんな角度からバスケットを見つめてプレーヤーとしての自分を磨いていったんだろうと思うんです。そして、最後に見せてくれたのは地元で熱狂的に愛されている琉球ゴールデンキングスというチームで手を上げ、声を張り上げ仲間を盛り上げる姿です。最後はそうやってチームプレーヤーに帰結したというか、上手く言えませんが、その姿を『石崎らしいな、ああやっぱりこいつは最後まで真のバスケット選手だったな』という思いで見ていました。あいつのことだからこれまでずっと自分に厳しくやってきたと思うんですよ。だから、まずは少しだけ自分を労ってほしいですね。仕事で名古屋に行くこともあるので、そのときはあいつが働くカフェにぜひとも寄ってみたいです。エプロンなんか掛けて出てくるんですかねぇ(笑)。石崎の引退を歓迎するとすればこれからはバスケットコートを離れた者同士新しいつきあいが始まるってことですね。ほんと、それが今からすごく楽しみです」