part2「明日何が起こるかわからないなら、僕しかできないことをやって死にたいと思いました」より続く
「バスケを愛する人たちと響き合って、もう一度『BREAK THE BORDER』を描きたい」
── 派遣社員として1年半ほど働かれたということですが、その間にもマンガは描かれていたのですか?
はい、描いてはいました。けど、それは『ECHOES』ではなくて、カフェを舞台にした短編マンガです。自分の中で『ECHOES』はあまりにも大事すぎてすぐには取りかかれませんでした。1年ほど短編を描いて、その間に何社か出版社にも原稿を持ち込んだりしていたんですけど、その中の編集さんの1人に「これからどんなマンガを描きたいんですか?」と聞かれたんです。それで温めていた『ECHOES』の話をしたところ「そんなに描きたいならもう描いちゃえばいいのに」と言われたんですね。その言葉に感化されてすぐに『ECHOES』の企画書を作り始めました。
── いよいよ!
ところが、その1週間後ぐらいに今度はポートフォリオ(仕事の実績を示す作品集)を見て電話をくださった他社の編集さんとお会いする機会があり、作っていた企画書を見せました。そのとき『このマンガがすごい!』大賞の作品募集の話を教えていただき、大賞を取ったら1冊だけ単行本化されることを知ったんです。
── これは大きなチャンスだと思いますよね。
はい、このチャンスを逃していけないと思いました。それからすぐにネームを描き始めました。
── ようやく青や飛鳥が動き始めたわけですね。
動き始めたのはいいんですが、描き上げた第1話はいっぱいダメ出しをもらいまして、そこで初めて担当さんが付いてくれることになったんです。担当さんとのやり取りは本当に時間をかけていっぱいしました。
── 大賞を受賞され、単行本が出たのはその年の12月だったとか。
そうです。でも、担当さんとのネームの修正のやり取りの時間が長くて実際に原稿にかかれたのは9月くらいだったと思います。12月に発刊されるのは決まっていたので逆算すると約2か月で一冊分の原稿を描き上げなくてはならない。もうめちゃくちゃ大変でしたね。今思い出してもあれは地獄だったなあと思います(笑)
── 『ECHOES』というタイトルにはどんな思いが込められているのですか?
文字通り『響き合い』ですね。一つには人間同士の心の響き合い、もう一つは体育館に響くバスケットの音です。僕は自分がバスケ部だったときを思い出すとき、まず浮かぶのはボールの音、バッシュが床をこする音なんです。体育館に響くそうした音も含めたタイトルを付けたいと思いました。
── ご自身がバスケットをやっていなかったら描けなかったマンガですね。
それはもう絶対描けなかったと思います。
── 中学3年の夏に友だちが『スラムダンク』を貸してくれなかったら剣道をやっていたかもしれませんし。
ハハハハ(笑)。そうですね。もしかしたら剣道のマンガを描いていたかもしれませんね。