ただ、伊藤は現在神奈川県在住。仕事の都合上、チーム練習にも毎回参加できるわけではなく、頻度としては「月1、2回行けたらいいなという程度」というのが本人の感覚だ。コミュニケーションをとりわけ重視しているのもそういう事情によるところが大きく、「行けないときにLINEで連絡を取って、こうしようああしようというやりとりは日々している」とのことだ。
昨年度からは、山梨学院大女子バスケット部にもトレーナーとして籍を置いている。これも神奈川県から必要に応じて通っているわけだが、その中で再び自身がプレーすることに苦労を感じるのではなく、やりがいと受け止めている。もちろん、プレーしているからには学生たちに手本を示したいという意識もある。

「バスケットを知ってるからこそ、トレーニングが大事だというのは伝えられると思うんです。私が実際に動作を出して、こうやって生かせるんだ、こういうことなんだという理解を深めてもらえるので、そこは学生たちと私の間でWIN-WINになってるんじゃないかなと思います。今はプレーで見せて表現することもできるので、それも生かしつつという感じです。見てくれてる子もいるかもしれないので(笑)」
年齢が既に30歳を過ぎている中、選手として、トレーナーとして今なお第一線でバスケットに携わることができているのは、本人の強い意志が大前提にあるのは言うまでもない。しかし、伊藤自身は「いろんな方のおかげでここまでいろいろ経験することができたので、それがあっての私」と周囲への感謝を口にする。
そして今は、ファンがいることの喜びを改めて感じることもできている。ECHAKE-NA NOTO.EXEは、震災を機に立ち上げられたチーム。それ故に、伊藤も自身が一選手として持つべき役割を明確に心得ている。
「石川のほうからも私たちの試合を見に来てくださってる方がいて、その人たちが『試合を見て元気になりました。ありがとうございます』って言ってくれていて、私たちがこうやって元気にバスケットやってるだけでも力になってるんだなというのがわかりました。小さいことかもしれないですけど、復興のためにも頑張っていきたいと思ってます。
こういう言い方は何なんですけど、秋田も田舎だし、石川も田舎(笑)。限られた人数でも応援してくださる方がいて、秋田銀行も地域で応援してもらえるチームでした。応援されるというのはめちゃめちゃ力になってます」

今後の展望に関して「怪我をしないこと。本当に年も年なんで(笑)」という言葉が真っ先に出てきたのは、トレーナーという職業を考えると大きく頷けるところだが、もう一つの目標として伊藤は「能登のために、少しでも貢献できたら」とも語った。秋田銀行時代はキャプテンも務め、実業団選手権で大会MVPを受賞するなど、チームの日本一に幾度となく貢献してきた伊藤は、果たしてECHAKE-NA NOTO.EXEに、能登地域に何をもたらすだろうか。
文・写真 吉川哲彦











