3×3.EXE PREMIERの王者を決めるプレーオフが9月18・19日に迫り、9シーズン目もクライマックスを迎える。昨夏の東京2020オリンピックで正式種目となり、試合映像が地上波で茶の間に届けられてにわかに注目されたが、はたしてその影響はどれほどあったのか。今回は、いずれも日本の3×3における先駆者的存在であり、今も第一線で3×3と向き合っている落合知也(ALPHAS.EXE)と海老原奨氏(3×3.EXEディレクター)に、自身が3×3との関わりを持った経緯と現状認識、思い描く未来を語ってもらった。
当時「プロや実業団にあまり魅力を感じられなかった」という落合は、大学卒業後はストリートを主戦場としながら「北から南までどんどん制覇してやろう」と様々な大会やイベントに顔を出していた。
世界的に3×3のイベントが増えた2012年には海老原氏と同チームでロシア・ウラジオストクで開催された「3×3ワールドツアー」に参戦するなど、世界での戦いを経験。
部活で育ってきた落合の目にはストリートも全く異なる世界に映ったが、3×3にはそのストリートとも違った魅力を感じたという。一番の魅力はやはり、「世界と戦える」という点だ。
「大学まで部活をずっとやってきていて、どこか “やらされている” と感じることもありましたし、本当に自分は好きでやっているのかなという想いを抱くこともありました。3×3をやってみると、それまで海外の選手と戦うことはほとんどなかったので、いろんな国の選手と実際に戦って『自分はまだまだだな』と思いましたし、悔しい思いをして、どうにかもっと上手くなりたいと思うと同時に、バスケット自体がもっと好きになっていきました。その頃はまだオリンピックも決まっていないし、特に目先の欲もなく、ただただ好きでやっているだけでしたね」
一方の海老原氏は落合と対照的、というよりは日本では少数派と言っていいが、強豪校などでの部活を経験しておらず、進学したアメリカの大学で初めてオーガナイズされたチームでプレーした。帰国後の2007年に立ち上がったSOMECITYでストリートボールに出会い、昼は仕事、夜はバスケットという生活を続ける中、「どうやら3on3が正式種目になるらしい」と知って日本代表入りを目指すこととなる。
「実はJBAは最初の代表候補を一般公募したんですよ。僕のように経歴も実績もない人間でも落合のような選手に挑める、倒すんだというのは大きなモチベーションで、誰でも代表合宿に参加できるチャンスがあるとなったらそりゃ行くじゃないですか。2014年には運良く最終候補の8人まで残ることができました。公園でバスケットを始めた人間からしたら夢のある話ですよね。当時はボールも違うし、いろいろと整っていなくて手探りのところもありましたが、僕の中ではシンデレラストーリーというか、全てが楽しかったです」
2014年に始まった3×3.EXE PREMIERにも参戦した海老原氏は「単純に上手くなりたいとか、いろんな所でプレーしたいだけ。怪我をしたり動けなくなったりしたら引退、とシンプルに考えていました」と、その後のバスケットとの関わり方は深く考えていなかったが、仕事に対するモチベーションの面で苦しんでいた2019年に「やっぱりバスケットに関わりたい」という一心で東京2020オリンピック・パラリンピック組織委員会の3×3運営統括の仕事に就く。1年延期になったとはいえ、無事に大会を終えたことはご存じの通りだ。