そんな彼との交流が始まって間もないある日、僕の携帯に一通のショートメールが舞い込んだ。
連絡を受けて向かった北谷町のスターバックスにいたのは、初見だった数日前の奔放なイメージとかけ離れた、ビシッと決めたスーツ姿の彼だった。
「今日はビジネスの話がしたくて」
ニートがビジネス。
いよいよ家族からのプレッシャーに耐えかねて社会復帰でもしたか。
とはいえ、スタバでビジネスと言えば大体の相場は決まっている。
意志を持ったニート、異様な社交性、笑っていない目。
必要な情報は出揃っていたが、湧き上がる疑惑を表に出さない努力を自分に課し、話の先を促す。
「仮想通貨ってどんなイメージ持ってますか?」
来た。
ついに来た。
ようやく僕にも、ネットワークビジネスの魔手が差し伸べられた。
「仮想通貨…、なんか儲かるって聞いたことあるけど‥、よくわからないから怖いですね。」
曖昧な返事でカモを装う。
男は水を得た魚のように、次々と自分が保有する仮想通貨の特徴を話し始めた。
必ず儲かる。
信頼性が保証されている。
選ばれた人間しか手にできない。
入会金に10万円。
極めつけは、他人に紹介することで報奨金を得られる、といったパワーワードまで飛び出し、このビジネスの根本を露呈させた。
つーかよくそれで引っ掛けられると思ったな。
先生のミスで問題用紙に最初から答え書いてあるテストくらいの難易度やったぞ。
だがこんなことで僕は挫けない。
「すごいですね…」
ネットワークビジネスに潜入し、彼らの笑顔の真相を調査する。
それを人生におけるミッションの一つに掲げる僕は、更なる情報を引き出すべく揺れる表情を演出してみた。
我ながら大根もいいとこである。
それを見て男は、もう一押しで堕ちる、そんな気配を感じ取ったのか、いやどこにそんな自信湧いて来る要素あったんかわからんけど、持参したiPadに記録されている写真と動画を開き、僕に見せつける。
そこには煌びやかなパーティー会場で贅の限りを尽くす、ハンドメイドの笑顔を顔面に貼り付けた大勢の人々が映し出されていた。
ちっとも魅力的じゃなかった。
「僕はこれに出会って仕事を辞めたんですよ…」
前職での辛い体験。労働への疑念。人生の在り方。
彼は最後の仕上げヅラで自分の身の上話を語り出し、僕の返答を待った。
パチンコ雑誌の裏表紙にでも書いてありそうな内容だった。
その目は最初に会った時と同じ、死んだ魚のような目だった。
「そろそろ猫にご飯をあげる時間なので」
そう言って場を辞した僕に、彼から連絡が来ることは二度となかった。
趣味の潜入調査にかかる初期費用に10万円は馬鹿馬鹿しかった。