誰もがその日の部活に向けて体力の温存を図る中、一人の生徒が強度の高い福井弁で発言した。
「『ごはん』はどうだろうか。(意訳)」
名案だった。
文化祭の模擬店といえば、焼き鳥や焼きそばなど味の濃い食べ物の人気が高い。
我々は目玉商品を販売するであろう他クラスのお供として、『白米』を提供する。
これならば他クラスとの競合を避けてWin-Winの関係を構築しつつ、時間的コストも最小限に抑えられる。
なんせ米を炊いて出すだけなのだから。
準備するものは米、紙皿、割り箸の3つのみだ。
炊飯器は家庭科室にあるものを使えば良い。
1年生の文化祭で起こした奇跡の再来かと思われたが、そこに立ちはだかったのは「黒字化」の壁だった。
前代未聞の商品である『ごはん』はまるで売り上げの見通しが立たず、しかも他クラスのおかずに依存した存在であるため、価格帯を引き上げることが難しい。
米の仕入れ量、それが問題だった。
この匙加減を間違えれば大赤字の上、行き場のない大量の白米を在庫として抱えてしまう。
これには入念な市場調査が必要となるが、我々にはその時間がない。
クラス全体が完全に行き詰まったそのとき、副担任が極めて高強度の福井弁で切り出した。
「私の実家は農家だ。米は提供しよう。(意訳)」
副担任は英語教師であり、その厳格な容姿から『ゴルゴ』の愛称で親しまれていた。
福井が誇るデューク東郷は英語を武器に世界を渡り歩くだけでなく、米まで生産する。
全ての障壁は取り除かれた。
その日以降、誰一人文化祭の話題を口にするものはおらず、毎日昼間の授業時間で体力を回復させ、授業が終わるころにむくりと起き上がり、それぞれの戦場へと散っていった。
ついに訪れた文化祭当日、僕は店番を担当した。
家庭科室で炊かれた「ごはん」を店頭に並べ、無くなったら取りに行く簡単なお仕事である。
我々の勝利は既に確定しているので、正直売れても売れなくてもどちらでもよかったが、予想に反して大いに売れた。
店先に現れた客はまず当惑した反応を示した後、育ち盛りゆえに「ごはん」の誘惑に打ち勝つことができず、ジャラジャラと小銭を落としていった。
共に店番をしていた野球部とソフトボール部はそこそこの強度をもった福井弁で、
「これほど売れるとは(意訳)」
「我々の考えは間違っていなかった(意訳)」
「ひっでおもっせえ(とても愉快です)」
などと驚きを隠せない様子だった。
あまりの売れ行きに大慌てで補給を要請しにいくと、エプロンと三角巾で正しくドレスアップされた陸上部が強度の高いながら愛嬌のある福井弁で、
「しばし待て、じきに炊き上がる(意訳)」
と話し、こちらも予想外の展開に対応が追いついていない様子だった。
ごはん炊くだけなのにエプロンとかいるのだろうか。