「テナント募集」
と書かれた貼り紙をあちこちで見かけるようになってきた。
つい先日オープンしたばかりなのに、まるで営業している気配がない店も多い。
自分が通う店にはそうなって欲しくはないと強く願うものの、営む側からすればそうも言っていられない事情があるだろう。
形を変えた営業を余儀なくされてしまったり、畳まざるを得なくなってしまった馴染みの店がついに出てきてしまった。
彼らのために、自分にも何かできることはないのだろうか。
せめて商売の経験があれば、何かしらの形で貢献できることもあるのかもしれない。
だが生まれてこの方、ボールをゴールに入れるお仕事しかしたことがないので、どうも力になれそうにない。
いや、違う。
一度だけ、僕は商売の経験をしている。
お客様に商品を提供してお金をもらう、立派な商いを営んだ。
あれは、高校生の頃だった。
9月といえば文化祭シーズンである。
僕が通学していたF井県のH陸高校においてもそれは例外ではなかった。
この学校では学年ごとに役割が決められていて、1年生はクラスごとに講堂体育館にて全校生徒に向けた出し物を披露し、2年生はそれぞれが模擬店を開き自由に商品を販売する。
3年生は…なんだっけ。3年生が模擬店だったっけ。よく覚えてないけどとにかく2年生か3年生かのどちらかが模擬店で商いをするのだが、それが唯一の僕の商売経験である。
企画、準備、販売にいたるまでの全てを生徒自身の手で行うことでクラスの協調性を高め、社会経験を得ることが目的であったと思うが、文化祭レベルなので思い出づくりの側面が強かった。
しかし、情熱溢れる我らが担任によって「黒字化」の目標が掲げられたことで、我々クラス一同は頭を抱えることとなった。
我々には大きな制約があった。
僕のいた「スポーツ特別進学クラス」は全員が運動部に所属し、かつ勉学による大学進学を目指す特別進学クラス並みの授業を受けていた。
普通クラスよりも授業時間が長いため、部活動に遅れて参加することも多々あった。
そしてそれはすなわち放課後の自由な時間が存在していないことを意味していた。
従って模擬店の準備に費やす時間的コストは皆無となり、学校のイベント関係において不利な立場を強いられてしまう。
1年生の文化祭時には、クラス全員による「合唱」を披露すると見せかけて「合掌」を繰り出し、一礼して幕を閉じるトリックスターぶりを見せた。
仏教学校ならではの見事な奇襲作戦は、全校の話題をさらった。
このようにダジャレオチでお茶を濁す以外に方法がない状況でありながら、黒字化まで達成しようとは無謀というほかない。
絶望的な状況に置かれた我々は、担任が受け持つ教科の授業時間を利用して解決策を模索した。