来た…やつだ…!
僕の運命を左右するローストビーフがハンバーグと共に、ご機嫌な湯気を纏ってやってきた。
さて、見せてもらおうか、自慢のローストビーフの実力とやらを。
赤くない彗星がテーブルに鉄板を一枚配膳し、足早に世間話へと戻る。
鉄板が一枚…?
なにかがおかしい。
そう、ご飯がないのだ。
それもそのはず、冷静になって思い返してみると、僕はライスセットを頼み忘れていたのだ。
なんたる愚行。
メニューの裏を見落とすだけでなく、ライスセットを頼むことすらも失念するとは。
これほどのプレッシャーの持ち主に出会ったのは今日が初めてだ。
認めよう、僕の完全敗北であると。
だが僕とて廃人ゲーマーの端くれ、このまま負けっぱなしで逃げ帰るわけにはいかない。
ここは一つ、いかにも「僕は肉だけを食べる漢です」という気高き志をこの赤くない彗星に見せつけることで、一矢報いようではないか。
しかし、ご飯のないお肉など麺のないラーメンのようなものだ。
果たしてこの死線を越えられるのか…
迷っている暇はない。
肉は熱いうちに食え、だ。
いただきます!
…
……
………なんと。
……これは…
………意外と…
……イケる。
イケるぞ…私にも肉がイケる!
ご飯がないことでむしろ、より一層肉の旨味を感じられる。
もちろんご飯とのコンビネーションを上回る破壊力を持つかといえば必ずしもそんなことはないが、一つの食事のスタイルとして確立されるべき手法だ。
これまで絶対不変の真理として信じていたものをこのような形で覆される日が来ようとは思いもしなかった。
肉を貪りながら別の世界の存在を知った今の僕には、これまで一つの真実だけに囚われ続けていたことが逆に不思議にすら感じられていた。
すると、あの赤くない彗星の声が聞こえた気がした。
「坊やだからさ。」
今回の引用元:『機動戦士ガンダム』/富野由悠季/バンダイビジュアル 2012
石崎巧
1984年生まれ/北陸高校→東海大学→東芝→島根→BVケムニッツ99(ドイツ2部リーグ)→MHPリーゼンルートヴィヒスブルグ(ドイツ1部リーグ)→名古屋→琉球/188cmのベテランガード。広い視野と冷静なゲームコントロールには定評がある。
著者近影は本人による自画像。