この後はできた固体と液体を分離させる作業に入ります。
固まった状態の牛乳はカードと呼ばれますが、これを発酵させることでチーズへと変化していくので、それ以外の液体部分を取り除く必要があるのです。
ちなみにこの液体はホエーと呼ばれるもので、皆さんご存知のプロテインに含まれるアレです。
筋肉の友であるばかりか、カレーなどの料理に使用することで味に深みが生まれるという優れものでもあります。
しかし、良質なタンパク源としてアスリートに重宝される存在のホエーを、惜しげもなく流しに捨て去る石崎さん。
その理由を尋ねてみると、
「今日の晩ごはんはカレーじゃないので」
とのことでした。
やはり彼の職業がスポーツ選手であるという申告は偽りであるのかもしれません。
カードだけを取り出すことができたら、これを発酵させていきます。
専用の保温器を使えばとても簡単に発酵を進めることができるのですが、もちろんそんなものなど持ち合わせていない石崎さんは、鍋に火をかけながら温度を一定に保ち、発酵させていきます。
「この作業がチーズ作りで一番神経を使う」
と、熟練チーズ職人のような顔をした石崎さんが語るように、苦心しながらの発酵作業が進められていきますが、ここで前回との大きな違いが一つ。
今回はこの段階においてもまだ温度計が生きています。
慣れない調理場での作業に平常心を失ったため温度計を割ってしまい、ダッシュでサンエーに買いに行ったものの、牛乳の海に沈めて再び故障させてしまった前回。
温度計を使わずに35℃を保ち続けるなど到底出来るはずもなく、まるで滑らかさのない紙粘土が爆誕したのです。
今度こそ、ブラータチーズを完成させる。
その強い一心で慎重に、丁寧に温度を計りながら石崎さんが今、チーズを育て上げています。
目には既に料理人の炎がメラメラと燃え上がっている。
もう二度と中坊レベルなどとは言わせないという激しい情熱が伝わってきます。
発酵に必要な時間を過ぎたらカードを十分に練り、形を整えたのちに冷やすことでついに、モッツアレラチーズが完成しました。
ご覧下さい、前回よりも格段に進歩の見られるこの佇まい。
もはやスーパーに売っているモッツアレラチーズと比べてもなんの遜色もありません。
あとは味、食感ともにモッツアレラチーズとして満足のいく出来上がりかを確かめるのみです。
あれだけ手塩をかけて育て上げたチーズがうまくいっていないはずがない、自信ありげな表情の石崎さんがひとつまみ、努力の結晶を頬張ります。
さあ石崎さん、今回の出来はいかがでしょうか!
「湿った紙粘土や」
それでは皆さん、また次回お会いしましょう!
今回の引用元:『銀の匙 Silver Spoon』/荒川弘/小学館
石崎巧
1984年生まれ/北陸高校→東海大学→東芝→島根→BVケムニッツ99(ドイツ2部リーグ)→MHPリーゼンルートヴィヒスブルグ(ドイツ1部リーグ)→名古屋→琉球/188cmのベテランガード。広い視野と冷静なゲームコントロールには定評がある。
著者近影は本人による自画像。