「名古屋に入った頃はがむしゃらにやってた思い出もありますし、A代表に呼ばれたい想いでやってた覚えもありますけど、当時は本当にただがむしゃらにやってただけで、バスケットの根本を全然わかってなくて、まだまだ若かったなと思います。まさかアルバルクから声がかかるとは思ってなかったですし、そのときはすごく悩みましたし、もちろん名古屋にいても成長できたかもしれないですけど、今となっては移籍を選んで正解だったと思います。ヨーロッパのコーチに計5年教えてもらって、特にスペーシングの大切さはすごく学びました。人としてもかなり成長させてもらって、昨シーズンは特に菊地(祥平、現・川崎ブレイブサンダースディベロップメントサポートコーチ)さんの存在がかなり大きかった。このチームにいられたからこそ、僕は成長させてもらえたと思ってます」

様々な面で成長してきたといっても、安藤が望んでいた結果を得てきたかというとそうではない。安藤がA東京に移籍してきたのは2021-22シーズン。A東京のリーグ連覇からは、まだ2年しか経っていなかった。おそらく安藤も優勝への期待をふくらませて移籍してきたに違いないが、リーグ制覇はおろかファイナルにも進めていないのが現状だ。安藤自身、A東京でチームに貢献できたかと問われると「いや、まだできてないですね」と表情は曇る。
「かれこれ6年目になるんですけど、その間に優勝できていれば貢献できたと思えるかもしれないです。昨シーズン天皇杯で優勝したとはいえ、僕は出てないので、やっぱりまだ何もつかめていない状態。仮に『貢献した』と思っちゃうと次に目指すものがなくなってしまいそうだし、まだまだと思い続けたほうが成長にはつながるだろうし、貢献していればもっと良い結果も残せてるはずだと思うんです。プレミア初代王者はどのチームも狙うものですけど、どのチームよりも強い気持ちで狙いにいかないといけないと思います」
安藤が加わって以降のA東京には、チャンピオンシップが近づくと故障者が発生するという不運もあった。安藤も「呪われてるのかというくらい」のレベルであり、昨シーズンに至っては開幕前から故障者が続出した。しかし、「気をつけていても怪我はするし、本当に仕方ないこと。トレーナー陣を責めるようなことでもない」と安藤が言う通り、アスリートと怪我は切っても切り離せないものだ。大切なのは、アクシデントがあってもそれに大きく左右されないだけの地力を備えること。安藤もそう考えている。
「誰かが怪我をしたときにチームとして何をすべきなのか、その選手が戻ってきたときにチームの土台をどうやってもう一段階積み上げるのか、それはこの5年間で学ばせてもらいました。誰かがいなくても勝てるのが本当に強いチームだし、怪我人が戻ってきてまた一段階レベルアップできるのが良いチーム。それがなかなか難しいところではあるんですけど、優勝するためにはそれが必要。だからこそ、プレーオフの前の2週間、3週間を大事にしないといけないと思います。過去2シーズンはそこをおろそかにしてた部分があって、そこでチームのバランスが崩れてしまったんだと思います。天皇杯なども含めた全試合で日々学べるところを学びつつ、最後にどういう戦い方をすれば勝てるかというのを、チーム全体でコミュニケーションを取っていきたいと思います」

チームビルディングでキャプテンの果たすべき役割は大きい。昨シーズンは38.9%の3ポイント成功率をマークし、日本人選手ではチーム唯一の1試合平均2ケタ得点。そんなコート上でのパフォーマンス以上に、リーダーシップがチームの行く末を占うことになりそうだ。A東京が頂点に立ったとき、安藤は初めて貢献した実感を抱くことになるのだろう。
文・写真 吉川哲彦











