フロント業務と並行して、U15チームのサポートコーチにも従事。かねてよりコーチとしての将来像も視野に入れていた池田は、現役生活が長かった分、多様な戦術論や指導論に触れては吸収してきた。ゆくゆくはトップチームを率いることも思い描いているが、強い決意で肩肘を張るわけでもなく、「まずはアシスタントでしっかり勉強して、その中でHCのチャンスがあればと思いますけど、なければそれはそれでいいかな」とある意味風まかせなところはいかにも池田らしい。
「ユース世代を見るのも初めてだったし、僕自身がコーチだったらこうするなとかいろいろ考えながら見てますけど、子どもたちの成長って本当に早いんだなって思うし、話を聞いてない奴は本当に聞いてないんだなというのも見えてきて(笑)、指導の面白みも感じてますね。選手を長くやらせてもらって、多くのコーチを見てきたことで自分自身の視点も高くなってるので、いろんな角度から見て楽しんでます。引退したらコーチをやりたいというのはずっと思ってましたし、トップチームのコーチをやりたいというのは今でもあって、トップチームのほうもたまに練習を見に行かせてもらってますし、試合でも今なんでこうしたんだろうというのは後で話を聞いたりして、自分なりに勉強してます。今まではどうしても新潟びいきで見てたのを、フラットな目線でバスケットを見られるようになったのが久しぶりで、そこもまた楽しいですよね」

既に在籍20年が経とうとし、この後も様々な形で長く関わり続けることになるであろう新潟アルビレックスBBという組織は、池田にとってどのような存在なのだろうか。本人は「どうなんだろう……ありきたりな答えだったら、家族とか言う人が多いじゃないですか。でもそんなイメージでもないんですよね」と少しばかり思いを巡らせた後、導き出した一言は「唯一の居場所かな」。おそらく我々が思っている以上に、その赤い糸ならぬオレンジ色の糸は切っても切れないものなのだ。
「まず第一に、新潟に育てられたので、バスケットを通して恩返ししたいというのが、新潟を選んだ理由でした。変な話、オファーをくれたチームの中で良い条件の所に行くのが人間らしいと思うんですけど、リクさん(陸川章・東海大前監督)とも話した上で新潟で頑張ると決めた以上、やりきろうと思ってここまで頑張りましたし、19年やるとは思ってなかったですけど、5年でも10年でも必要とされたらしっかりやるという気持ちでずっといたので、最後までやりきれたことが唯一誇れることかなと思います」
永久欠番セレモニーには高校時代の佐藤正監督(肩書は当時)や陸川監督、出身地・燕市の佐野大輔市長が来場したほか、ビデオメッセージにはかつてのチームメートである長谷川誠や森井健太、今村佳太、ダバンテ・ガードナー、そして初代HCの廣瀬昌也が登場し、長きにわたった選手生活を労った。マイクを握った池田は、「新潟アルビレックスBBがさらに良くなるには、ブースターさんの力が必要。僕もそちら側に立って、一緒にチームを良くしていきたいと思っているので、これからも僕の応援、チームの応援をよろしくお願いします」とブースターに挨拶。今まではその一級品のシュート力を生かし、コートの上で新潟に尽くしてきたが、今後は複数のポジションをこなすオールラウンダーとしてクラブ全体の発展に寄与していくことになる。池田雄一という男の影響力が余すところなく発揮されるのは、新潟の地だけだ。
昔も今も、新潟は唯一の居場所
前編 https://bbspirits.com/bleague/b26051501ike/
後編 https://bbspirits.com/bleague/b26051902yui/
文・写真 吉川哲彦











