歩道に植え込まれた花が干からびて色彩を失っている。
この花はどんな名前か忘れてしまったけど、甘い蜜が根元から吸えるでお馴染みのやつだったはずだ。
子どもの頃は公園に咲いていたこの花を狂ったように吸い散らかしたものだが、夏の日差しにやられて瑞々しさのかけらも残されていない。
激しく照りつける太陽と熱を放ち続けるアスファルトに挟まれた、鮮やかさを奪う空間を歩いて、僕はスーパーへと向かう。
自宅からそうかからない距離であっても、本気を出した太陽の全体攻撃は僕を瀕死に追い込む。
ゲームに登場するラスボスの典型的なパターンだと、最初はこちらを軽んじて甘い攻撃しかしないけど、ダメージが蓄積してピンチになってくると変身して本来の凶暴性を得る。
その状態はあまりにも脅威であるため、劣勢を耐え忍びながら定期的にやってくる弱体化のタイミングを狙って攻撃を加えていくのが攻略のセオリーだ。
だが僕たち人類の最大の敵である太陽は開幕から全力で潰しにくる。
あと弱体化もしないのでこちらが攻勢に転じるような隙も与えてくれない。
さすがに無理ゲーが過ぎると思う。
これを作った制作会社はユーザーにクリアさせる気があるのだろうか。
いつか倒せる日を夢に見つつ、今はただただ戦略的撤退を余儀なくされる。
やっとの思いで店内に逃げ込み、体に蓄積された熱を冷ますために目的もなく徘徊する。
もし万引きGメンが構えていたなら、僕の繰り出す不審なムーブに釘付けになった事だろう。
恐らく即座に僕をマンヅラー(万引き常習者のツラ)と断定し、決定的瞬間を見逃すまいと目を凝らしていたに違いない。
でも大丈夫、僕はアルフォートと水を買いにきただけです。
明らかに料理をする気配もないアラフォー男が生鮮食品や豆腐が陳列された場所をうろうろしているのは、涼しいから。
お騒がせしてすいませんでした、そろそろ寒くなってきたので帰ります。
「万引きGメン番組の取材班って、よく毎回万引きの瞬間に居合わせられるよなあ」
過酷な番組制作の現場に思いを馳せつつお会計を済ませ、帰宅してコーヒーとアルフォートを堪能すべく店の外へ一歩出ると、急に目の前が真っ白になった。
辺り一面が霧に包まれたように、なにも見えない。
空に浮かぶ太陽は変わらず強烈な光線を発し続けているので、その方向だけはとても明るくなっている。
だがそれ以外はなにも認識することができない。
世界を覆うモヤに一瞬にして包まれたサンエー(沖縄のスーパー)の店先で、僕は全く取り乱すことなく、落ち着いて状況を分析していた。
これは珍しいことではない。
たびたび襲いかかるこの異変に、むしろうんざりしていた。
霧が晴れるのを待ちながら、心の中で呟いた。
「またメガネが曇った」