「三本の矢の教え」という逸話がある。戦国武将の毛利元就が3人の息子たちに一族の結束を説くべく、1本の矢だと簡単に折れるが、3本まとめたら折れにくいという、例のアレである。そんなことを思い起こさせる女子OQT(オリンピック世界予選)の初戦だった。
先発のポイントガードは “三女”の本橋菜子が務めた。しかし緊張からか、ゲーム序盤の流れを作れない。ならばとコートに送り込まれたのは“長女”、吉田亜沙美である。経験豊富な彼女も、アジア以外の世界と対戦するのは3年ぶりとなる。こちらも多少の緊張があったのか、チームメートとの息が合わない。となれば、当然次は“次女”の出番かと思いきや、“父親”トム・ホーバスヘッドコーチは“三女”をコートに戻した。しかしまたも乗り切れず、第2クォーターの途中で再び“長女”の出番となる。しかしこちらももうひとつ乗り切れない。競り合いの時間が続いていく。
ここでようやく“父親”が“次女”の名前を呼ぶ ── ルイ!
町田瑠唯がコートに立ったのは、第2クォーターの残り3分8秒のことだった。
このとき日本が19点、スウェーデンは20点。わずかに1点ではあるが、日本がビハインドの場面だった。
「全体的に重かったので、自分が入ったときはプッシュしよう、速いバスケットにつなげることをすごく意識してやったので、それで流れが少し来たのかな」
町田はそのときの心境をそう振り返るが、75-54で日本が勝利したこの試合のターニングポイントは、実はそこにあったように思う。
序盤から渡嘉敷来夢が得点を重ね、後半に入ると本橋や本川紗奈生も得点を積み上げて、最終的な21点差にまで開くのだが、乗り切れなかった前半を上り調子で終わらせ、後半につなげたキーマンは間違いなく町田だった。
むろん本橋も吉田も速い展開に持ち込もうとはしていた。しかしそれがどうにもうまくハマらない。重たい展開が続く。そんななかでコートに出てきた町田もまた、“家訓”である速い展開のバスケットを貫いて、そこでようやくチームに堰を切らせることができた。赤穂ひまわりがバスケットカウントを決め、長岡萌映子も3ポイントシュートを沈めて、5点リードで前半を折り返すことになったのである。
“次女”の立ち位置は意外と難しい。ひとつ下の“三女”と、五つ上の“長女”で事足りるのであれば、もしかしたら“戦場”に立たせてもらえないまま、その日の“合戦”を終えるかもしれない。
それでも彼女は準備を怠らない。そこに“次女”のプライドを見つけることができる。
「出るタイミングがいつかわからないし、何分出るかもわからないけど、いつでも出られるように準備はしておくことはできたのかな」
「ベンチで様子が見られるので、どういうふうに入ればいいかを準備して入れるのかなって思います」
「いつでも準備しておくっていう気持ちでやっています」
入念な準備は勝利へと導くカギとなる。
「3人のポイントガードは全員がちょっとずつ違うネ。相手はそこが嫌だと思う」
アメリカ生まれの “父親”は日本のそんな逸話など知りもしないだろうが、自らが見出した“三本の矢”には自信を持っている。1本の矢が折れそうになり、2本目も折れそうになる。しかし3本目がしっかりしていれば、1本目も2本目も折れずに、そのうちにそれぞれの力を発揮してくれる。3本目を侮ってはいけない。
バスケ徒然草「ベルギー・オステンドOQT編」
第6段「三本の矢」
第7段「見頃、咲き頃」
第8段「King & Prince」
第9段「曇天の荒波」
文・写真 三上太