大沼自身の気持ちの変化も、今回の移籍を後押ししている。それはある種の呪縛からの解放でもある。
先にも書いたとおり、大沼には3歳年上の姉、美咲さんがいる。彼女もまた、大沼と同じ山形商業でエースを務め、U18女子日本代表が2008年の同アジア選手権で初優勝をしたときのメンバーでもあった。ただ、これも先に書いたとおり、彼女は大きなケガに苦しめられてきた。そのためWリーグでは4年間しかプレーできていない。妹の入団した年が、美咲さんの、選手としてのラストイヤーだったことになる。
そんな姉の無念さを大沼はずっと抱えていた。姉ができなかった分、自分はボロボロになるまで頑張ろう。姉や家族から求められていたわけではない。仲のよい家族である。両親はよく姉妹の試合を見に来ていたし、JX(当時)対デンソーの試合では、観客席の中央部分に座るなど、座席も含めてどちらに肩入れすることもなく、二人の娘を見守っていた。そんな両親に育てられた大沼だからこそ、どこかで自然と、姉の分までという重荷を背負っていたのである。
しかし、自身の大ケガで引退がチラついたとき、その糸までプツリと切れてしまった。
「今まで、自分のなかで家族のため、お姉ちゃんのためって思いながらプレーしてきていたから、もういいかなって。それに疲れていた自分もいました」
誰かのため、というのは人が行動を起こそうとするときのモチベーションになる。口先だけのそれだとほころびやすいが、心から誰かのためにと思えば、間違いなく大きな推進力になる。もちろん大沼のように、本人の思いもしないところで重荷になっていることもあるが、それに気づくことができれば、新しい翼を得ることもできる。
シャンソン化粧品に請われ、同級生ながら尊敬する藤岡も復帰すると聞いたとき、大沼は自分を知らず知らずに蝕んでいたその気持ちに気づいた。そして次の一歩を踏み出すことを決意する。
「今は自分のために頑張ろうって思えているかな。自分のために頑張って、結果として、家族やお姉ちゃん、恩師に自分のプレーを見せられたら、恩返しになるなって」
「誰かのために」から「自分のために」。
誰かを思えるからこそ、自分のことも大切に思える。
その一歩は、単なる移籍以上に、大沼美琴にとって大きな一歩となった。
これまでとは違う自分を楽しんで(中編)新天地でのリスタート へ続く
文 三上太
写真 W LEAGUE