「もう本当に続けてもダメかな……」
突然の“幕引き”に驚いた方も多いだろう。
2020年5月29日、JX-ENEOSサンフラワーズの藤岡麻菜美が現役引退を発表した。
同時に吉田亜沙美の退団も発表されたが、まだ吉田の場合は理解できなくもない。前年、一度は引退を発表しながら、バスケットへの思いを断ち切れずに現役復帰。JX-ENEOSでも、女子日本代表でも徐々に吉田らしさを発揮していったが、一方で半年間とはいえ一度は現役を退き、そこから完全復帰へと向かう道のりは簡単なものではなかった。新型コロナウィルスが蔓延する前、Wリーグがプレーオフの中止を決断する直前にJX-ENEOSの体育館を訪れたとき、吉田はストレングスコーチとともに黙々と基礎トレーニングを続けていた。チーム練習のあと、一人で、である。半年のブランクとはそれほどまでに大きかった。
その数日後、東京オリンピックの1年延期が決定される。年齢的なことも考えると、その1年が吉田にとって大きな負担になったであろうことは推測できる。
しかも今度は現役引退ではない。退団である。もしかしたら契約上の問題なのかもしれないし、他チームへ移籍して、現役を続行する可能性もある。Wリーグには参戦しないまでも、日本バスケットボール協会の所属として、東京オリンピックを目指す道だってあるのかもしれない。期待を込めて、そんな推測もできる。
しかし藤岡は違う。
現役引退である。
Wリーグでも、女子日本代表でも、彼女はプレーする道を断ったのである。
むろんケガが続いていたことは重々承知している。しかしまだ26歳。現代の医療技術、トレーニング体系などを考えれば十分に復帰できるはずだ。度重なるケガに気力が失せてしまったのか。
新型コロナウイルスの緊急事態宣言が解けた6月中旬、藤岡に直接会って、その真相を聞いた──。
引き金になったのは2020年1月におこなわれた皇后杯・ファイナルラウンドの初戦、アイシン・エィ・ダブリュ ウィングスとの試合で受傷した右腹斜筋の肉離れだった。
「12月に左足首のケガから復帰して、これから、というときの肉離れでした。皇后杯についていえば、ケガをした試合を含めて最大3試合ある。その初戦でやってしまって、その時点で気持ちが切れてしまったんですね。これまでもケガをして、こうした気持ちの揺れは経験があったので、そのときは時間が経てば戻るかなと思っていたんです。でもその後の日々を過ごしていくなかで『あ、ちょっと待って……何かいつもと違うぞ。(目指している)東京オリンピックも近づいてきているのに何か違うぞ』って自分のなかで思うところがあったんです。このときに初めて“引退”の文字が頭に浮かびました」
2019-20シーズンに向けてチーム練習が始まったときは東京オリンピックを目指していた。女子日本代表候補にも選ばれ、強化合宿にも参加していたが、その練習中に左足首をケガしてしまう。Wリーグの開幕に間に合わない。もしかしたら東京オリンピックの選考にもかからないかもしれない。そう思ったときでさえ、2024年のパリオリンピックを目指そうという気持ちが自然と沸き上がっていた。シーズン当初、藤岡はケガしてもなお、前向きだった。