見事なまでの気持ちの切り替えである。世界を目指す選手はそうでなければいけない。しかし一方でそれは、桜花学園の井上コーチが高校時代の渡嘉敷を評した“野生児”から、勝負に必要な“牙”を抜かれたようにも見てとれる。
「自分としては言われたことをやるしかないので……結局は自分がアウトサイドで使えないって思われたってことだし、ステューウィ(スチュワートの愛称)のほうが上だって認識されたから自分はポジションチェンジをさせられたんだと思います。でもやっぱり悔しいし、いつか、この人たちを見返してやるって思って、気持ちを切り替えたんです。ステューウィとはチームメイトだけど、東京オリンピックのときは絶対にコイツを倒してやるって常に思っています。ストームではステューウィのほうが上かもしれないけど、世界で戦ったら、自分のほうが絶対に上だって言えるようになろうって」
牙は抜かれていなかった。今は隠しているが、その陰でこれまで以上に研いで、鋭さを増そうとしているのだ。
ハングリー精神を高めたWNBAの日々
試合に出られない日々は、周囲の人たちに「だったらアメリカに行かなくてもいいんじゃないか」といった考えを与えたかもしれない。たとえば今年、渡嘉敷がWNBAで試合に出られそうにないからとアメリカに渡らなければ、おそらく彼女は日本代表入りし、アジアカップ3連覇の立役者の1人になっただろう。でも渡嘉敷はそれを選ばなかった。自分のバスケット人生を、自らの手で切り拓く決断をしたのだ。結果として試合に出る機会が大幅に減ったが、それこそがプラスになったと明言する。
「ステューウィを倒したい気持ち、アメリカ代表を倒して、見返したい気持ち……こういう気持ちになれたのは、今年もストームに行けたからだし、ストームで試合に出られなかったからこそですよね。いつか絶対に見返してやるからなという、ある種のハングリー精神を持つことができたので、そういう意味でやっぱり今年のWNBA行きは自分にとってプラスになっています」
誰だってやる前から結果のわかる者はいない。何かを怖れて「しない」選択をするならば、たとえ結果が自分の思い描いたものとは違っても、渡嘉敷は「する」選択を選ぶ。そして結果をすべて受け入れて、それを自らの糧にしていく。
当面の渡嘉敷の目標は「東京オリンピックでメダルを獲得する」こと。その先はまだ考えていない。
「でも選手としての最終目標を聞かれると、世界で通用する選手になりたいです。そして自分で自分に満足したいです。バスケットを始めてから今まで、自分に満足したことは一度もなくて、いつも『もっとうまくできるはず』って思いながら練習をしているので、『もっとうまくなりたい!』って思わなくなりたいですね。今ですか? ドリブルができないんで……身につけないと」
そう言って、大きく笑う渡嘉敷は、やはり“規格外”の選手である。193cm・85 kg のサイズのことではない。「もっとうまくなりたい」という向上心、世界基準のハングリー精神が、もはや日本の規格外という枠にさえ収まりきらない“超規格外”なのである。
文 三上太
写真 安井麻実