遅きに失した感は否めない。
Wリーグの2017-2018シーズンは約1か月前に終わり、平成30(2018)年度の女子日本代表候補52名が発表され、強化かつ選考の合宿に入ろうとしている。その選に漏れた選手たちも、オフを利用して海外に出かけワークアウトを受けるなど、新しいシーズンに向けて始動している。昨シーズン限りで現役を引退した人たちさえも、セカンドキャリアを輝かせようと、こちらもすでにさまざまな動きを見せている。
そう、世の中は春なのだ。
しかしバスケットの戦術には「ディレイドオフェンス」と呼ばれるものがある。ボールを奪ってもあえて速攻を出さず、焦らして焦らして、アップテンポなゲームを得意とする相手のリズムを狂わす戦術である。小生も高校時代、それで県内ナンバーワンチームを破った経験がある。その成功体験をもとに、ここでも焦らして焦らして、原稿を書いてみようかと思う。称して――
三上太の”ディレイドコラム”
むろんそれは女子だけでない。男子のBリーグも2年目の佳境を迎え、日々更新されるWeb記事がさまざまなところで読める。しかしこれもまた小生は「ディレイド」を選択することになるだろう。”熟成”とは若干意を異にするが、巡り合った瞬間に「おっ!」と思いながら、日々の仕事に忙殺され、それでも数日、数週間、数か月経っても心の中から消えなかった何かを、ここでは紹介していきたい。
前置きが随分と長くなったが、ここから記念すべき第一話を進めていく。
JX-ENEOSサンフラワーズがリーグ10連覇を達成した。これはシャンソン化粧品シャンソンVマジックが日本リーグ時代から第1回Wリーグにかけて達成した記録に並ぶものだ。その意味においては前人未到でないが、10年もの間、トップリーグの頂点に君臨し続けることは並大抵のことではない。すべてのチームにつけ狙われながら、それでもチームとして、選手として日々進化し続けなければならないからだ。
2017-2018シーズンのJX-ENEOSは、シックスマンとして活躍した宮崎早織の成長が10連覇に大きく影響していたように思う。
愛媛・聖カタリナ女子高校(現・聖カタリナ学園高校)時代からスピードは群を抜いていて、Wリーグでこそ「めちゃめちゃ自信があるわけではない」と認める3ポイントシュートの力も、当時は高いレベルにあった。それらを磨きながら、宮崎は少しずつプレータイムを伸ばしていった。
脚光を浴びたのは2016-2017シーズンのプレーオフ・ファイナル第3戦。宮崎はチームトップの14得点をあげて、シーズン負けなしの9連覇達成に大きく貢献した。優勝を決めたゲームだっただけに宮崎は一躍シンデレラガール的に扱われたが、本人はいたって冷静にそのシーズンを振り返る。
「昨シーズンは試合に全然出られていないんです。最後のファイナルだけよかったというイメージで、むしろ波があると試合に出られないんだなとすごく感じたシーズンでした」
迎えた2017-2018シーズンは、リーグ戦の途中でポイントガードの藤岡麻菜美が戦線離脱をしたこともあって、宮崎の出場時間は大幅に伸びている。本人も認めるとおりゲームメイクはまだまだ拙いところもあるが、緩急をつけたドライブや、そこからのキックアウト、シュートもただレイアップにいくのではなく、フローターを使うなど進化の兆しは見えていた。
「昨年、トム(・ホーバス前ヘッドコーチ。現・女子日本代表ヘッドコーチ)さんに『ユラ(宮崎のコートネーム)にスピードがあることはわかったから、次のステップを見たい。ユラより身長の高い人はたくさんいるんだから、スピードだけじゃレイアップにいけないよ。もう少し緩急をつけて。リュウ(吉田亜沙美)やウミ(山田愛)は緩急をつけるのがうまいから、彼女たちをよく見て』と言われたんです。でも昨年はそれが全然できなくて、試合にも全然出られなかった。それがあったから今シーズンはスピードだけじゃなくて、緩急をつけることができてきているのかなと」
スピード一辺倒で勝負するのではなく、持ち味であるスピードをより生かすためのスローダウン。そこからの急激なギアチェンジ。それをオフシーズンから練習し、身につけたことでプレーの幅が広がり、出場時間の増加とともに、チームへの貢献度も高まっていったのである。
チームはリーグ10連覇を達成し、宮崎自身も前シーズンとは異なる手ごたえを感じたに違いない。しかしチームには百戦錬磨の吉田がいて、藤岡がいて、同期の山田もこのまま指をくわえてベンチでゲームを見ているタイプではない。宮崎が主に交代する対象だった岡本彩也花もまた、プレータイムを奪い返しにやってくるはずだ。JX-ENEOSの強さの要因でもあるチーム内の争いは、今後ますます激化していく。
「自分は、自分で自分をダメにしちゃうというところがすごくあるんです。相手がどうこうよりも、自分から『ヤバい、ミスから入ったらどうしよう』と思いながらゲームに入って、自分で自分をどんどんダメにしちゃう。自分に負けちゃっているところがすごくあるので、来シーズン、リュウさんや、ネオさん(藤岡)がケガから復帰してきても、自分は違う持ち味で試合に出たいという気持ちはあります。自分で自分をダメにしないように、チームの流れが悪いときに雰囲気を変えられたらいいなと思っています」
現代バスケットではスタメンの5人だけで勝つことはほぼありえない。レベルが上がれば上がるほど、それは顕著に表れる。シックスマンがいかに重要か。悪い流れを断ち切り、よい流れには棹を差す。宮崎はそんな選手である。
ディレイドを選択したことで、宮崎の名前を今年度の女子日本代表候補のメンバーリストに見つけることができた。取材をしたのはプレーオフ・セミファイナルを終えたあとだったが、そのとき彼女は日本代表への思いをこう語っている。
「リュウさんやネオさんみたいになりたいという思いもあるけど、でもやっぱり自分には2人とは違う、いいところがあると思っているから、そこを評価してもらえるように……『宮崎はゲームメイクはそれほどでもないけど、でもキックアウトとか、外国人相手にもかき回すプレーができる選手だから』と、日本代表に選ばれたいなという思いはありますね」
国際大会に出れば、国内以上に身長差が不利になる場面も多くなる。それでもシックスマンとして”アクセント”になる宮崎を国際大会のコートで見てみたい気がする。
文・写真 三上太
「高校バスケは頭脳が9割」(東邦出版)好評発売中