この日の相手が富士通だったことは、佐藤HC個人にとっても貴重なものだった。かつてENEOSでプレーした宮澤夕貴と林咲希、中村優花が在籍しているからだ。試合後に3人が挨拶に来た際は、佐藤HCも顔をほころばせた。
「本当に良い記念です。こうやってゲームできるって全然考えてなかったんで、嬉しかったですね。あの3人ももちろんそうですが、将来的にはENEOSともやれたらいいのかなって思います。そういう組み合わせをしてくれればね(笑)」
宮澤には3ポイント6本を浴びせられ、24得点を献上。きつい “恩返し” を受けてしまった格好だが、その宮澤について語っている間も佐藤HCは笑顔だった。
「あれくらいやって当然じゃないですか。あの子たちが全日本を引っ張っていかなきゃいけないでしょうから。まだ宮澤は引退するような年齢でもないですもんね。あれくらいはまだまだできる。(目の前で活躍されて)悔しいなんて全然思わないです。うちの選手たちが良い経験させてもらったんでね」
秋田銀行も地域リーグの強豪とはいえ、ENEOSに比べるとフィジカルやサイズ、スキルなどいろんな面で劣るのは、当然といえば当然のことだ。ただ、富士通に対しても21得点を叩き出した阿部のように、ポテンシャルのある選手がいることも確か。ひたすらバスケットに没頭し、勝利を追求し続けたENEOSとは、チームの置かれている環境も全く異なる。そんな現実もふまえた上で、佐藤HCはENEOS時代とはまた違ったやりがいを持って指導できているということだ。
「彼女たちはプロじゃないから、仕事をフルタイムでやって、その後に練習に来てくれる。僕自身はそのことに感動してますね。しかも、一生懸命やってくれる。疲れたから手を抜くとか、そういうこともない。勝ちにこだわらなくていいって言ったら変ですが、一緒に練習してて楽しいですよ」
開幕して約2カ月のWリーグはシーズン真っ盛りだが、1年を通じて試合のある地域リーグのチームは佳境に差しかかり、1年の締めくくりも近づいている。当面のターゲットは昨年度の大会で準決勝敗退となった社会人チャンピオンシップということになるだろうが、佐藤HCは今年の鹿児島国体で秋田成年女子を勝利に導けなかったことが心に刻み込まれているようだ。皇后杯の “秋田対決” はあまり意識しなかったものの、やはり地元の力になりたいという想いは強く、視線は既に来年にも向いている。
「やっぱり国体で勝ちたいですよね。今年1回戦負けなんで。『秋田のために』というのが、僕が秋田に戻って最初にやらなきゃいけないことだと思ってるので、とにかく国体をなんとかしたいなって思ってます」
名門・能代工業高(現・能代科学技術高)からエリートコースを歩み、コーチとしても多くの功績を残して秋田の地に凱旋を果たした佐藤HC。新たな挑戦を始めてまだ2年目にすぎず、ここからバスケット界にどのようなインパクトを与えていくのかを楽しみにしたい。
文・写真 吉川哲彦