人間は何かにつけて先入観に支配されがちだ。車の絵を描こうと思ったら、普通はタイヤを黒く塗ってしまうだろう。しかし、手塚治虫の漫画を読むとタイヤは白い。それでいて違和感は特にないのだから、「タイヤは黒い」という常識もとりあえず一度くらいは疑ってみなければならない。
正直なところ、奥山理々嘉が日立ハイテクに移籍した時点で、筆者としては結構な驚きだった。ENEOSは他チームに比べ、チーム一筋で現役を終える選手がまだ多いという先入観があったというのが理由だが、戦力均衡という観点から言えば移籍は良いことだし、時代は確実に変わってきてるんだなぁというポジティブな印象も受ける。
ただ、その奥山がシーズンを通してシックスマンとして働いたことはそれ以上の驚きだった。ENEOSであっても、2023-24の布陣を考えるとスターターに入りそうな選手。そんな選手が日立ハイテクで……という言い方をすると怒られると思うが、あのサイズとシュート力を生かす戦い方が日立ハイテクのベースになるものとばかり思っていた。それくらい、新戦力としてはインパクトがある。渡嘉敷来夢も宮崎早織もいないチームとなれば、奥山を中心としたチーム作りをしようと考えても何ら不思議なことではない。なんたって、ウインターカップの1試合最多得点記録の持ち主なのだ。
しかしながら、一通り驚いたあとで「奥山はスターターで使わなきゃいけないというのも、筆者の変な先入観にすぎないのでは?」と思い直してみる。「チームで最も上手い選手をシックスマンに置く」という考え方もあるからだ。対戦相手としては、主力を一旦休ませようかというタイミングでどこからでも得点できる選手に出てこられるといろいろ困る。単に試合の流れを変えるだけでなく、相手の戦略を狂わせるという意味でもシックスマンの役割は相当に重要なのだ。実力に加え、一定の経験値もなければシックスマンは務まらない。
そう考えると、日立ハイテクで最もシックスマンに相応しいのは奥山だったという気がしてくる。そもそも、チーム作りなんてしたこともない筆者が「チームの中心になるべき選手」などと勝手に決めつけたところで、チーム作りの正解に辿り着けるとも思えない。日立ハイテクにだって、内海知秀ヘッドコーチの指揮下で作ってきた基盤がある。その上で、選手では唯一となる奥山の優勝経験をチームにどう落とし込むか、その点はコーチ陣にとっても難しいところがあっただろう。そしておそらく奥山自身も、新しいチームにフィットするのはそう簡単ではなかったに違いない。チームとしての結果に結びつけるにも、一定の時間を要するのはやむを得ないことだ。
ただ、2部制となったことで競争がより激化する今シーズンは、そうも言っていられない。引き続きシックスマンを務めるのか、あるいはスターターに名を連ねるのか、それは新任の柏倉秀徳HC次第だが、強豪のENEOSを離れ、シーズンを通じてシックスマンの経験を積んだ奥山が、チームに対してより大きな影響を与える存在になる必要がある。我々も、いかにも人の良さそうな奥山に対する先入観を捨て去り、鬼気迫る表情でチームの尻を引っ叩く奥山の姿を期待しても良いのかもしれない。
文 吉川哲彦
写真 W LEAGUE
「Basketball Spirits AWARD(BBS AWARD)」は、対象シーズンのバスケットボールシーンを振り返り、バスケットボールスピリッツ編集部とライター陣がまったくの私見と独断、その場のノリと勢いで選出し、表彰しています。選出に当たっては「受賞者が他部門と被らない」ことがルール。できるだけたくさんの選手を表彰してあげたいからなのですが、まあガチガチの賞ではないので肩の力を抜いて「今年、この選手は輝いてたよね」くらいの気持ちで見守ってください。
※選手・関係者の所属は2023-24シーズンに準ずる。