例年であれば観客席から後輩たちの頑張りを見守り、応援するだけだった。
しかし今年は違う。
選手らとともにベンチに座り、じっと戦況を見守っているかと思えば、矢も楯もたまらず立ち上がり、座っていたときよりも厳しい視線をコートに送る。勝負師の眼であり、高校生たちをよりよくしてあげたいという指導者の姿勢がうかがえる。
2017年6月、小野秀二は母校・秋田県立能代工業高校バスケット部のアソシエイトコーチに就任した。
能代工業はこれまでに58回の全国制覇を成し遂げた、言わずと知れた高校バスケット界の超名門校だ。小野だけでなく、鈴木貴美一(シーホース三河ヘッドコーチ)や内海知秀(女子日本代表・前ヘッドコーチ)、現役選手でも田臥勇太(栃木ブレックス)ら、数多くの指導者・選手を輩出している。
しかし近年は苦況が続く。2015年のウインターカップこそ3位に入賞したものの、2016年は48年ぶりにインターハイ出場を逃し、ウインターカップにも出場できなかった。翌2017年はインターハイに戻ってきたが初戦敗退――。
そんな状況を立て直そうと、直前までB LEAGUE・B2のアースフレンズ東京Zで指揮を執っていた小野に白羽の矢が立った。小野は前後して愛知学泉大学・男子バスケット部のアソシエイト・ヘッドコーチにも就任している。そのため大学と高校の指導者という2足のわらじを履く形となったが、2018年2月以降は大学バスケットがオフシーズンに入っていたこともあり、かなりの時間を能代で過ごしたという。
果たして小野が初めて采配を振るう「第31回能代カップ」が2018年5月3日から5日まで、能代市総合体育館でおこなわれた。
「今は5月の段階なので、新チームになってやってきたことが、全国トップクラスのチームにどれだけ通用するのか。もしくは通用しないのか。ミーティングでも選手に話したんですけど『我々がやってきたことを出し切ろうや』と。それが結果として勝利につながれば、彼らの自信にもなるので、今大会はそういうところをチェックしています」
結果的には6チーム中5位に終わったが、それでもここ2年間で1勝もあげられなかった同大会で2勝をもたらしている。
能代工業の選手たちも徐々に自信を得ているように見える。そこには小野の、というよりも彼の恩師である故・加藤廣志のバスケットともいうべき“能代工業のフルコートバスケット”が復活しつつあることが挙げられる。
「これまでいろんなチームのヘッドコーチをしてきましたが、高校カテゴリーを指導するのは初めて。でも考え方は変わりません。選手たちが僕のバスケットボール・フィロソフィー、つまり加藤廣志先生に教わったフルコートのディフェンスと、そこからトランジション(攻守の切り替え)を速くするバスケットを重点的にやってきています」
能代カップの約1か月前におこなわれた「第33回大阪招待高等学校バスケットボール大会」でも、福岡第一に敗れて3位に終わったものの、予選リーグを1位で勝ち抜き、阪南大学高校との3位決定戦ではしっかりと勝利をつかんでいる。むろんその大会もフルコートバスケットである。原点回帰こそが能代工業復活の第一歩であり、そうして成功体験を重ねることで選手たちも「このバスケットをやっていけばチャンスはあるんだ」と自信を持てるようになる。体力的にも技術的にも発展途上の高校生にとって、自信の有無は結果を大きく左右する要因と言っていい。
今年の3年生にとって、一度も勝った経験のない能代カップで2勝をあげられたことは、失いつつあった自信を再び取り戻してきた実感もあるはずだ。
むろんフルコートディフェンスをして、速攻を仕掛けるだけで勝てるほど、今の高校バスケット界は甘くない。留学生の高さのみならず、日本人でも身体能力の高い選手は増えてきて、そうした選手たちが全国の強豪校に集まっている。
ある女子の指導者が言っていたのだが「いい選手が集まるから強いのではなく、強いからいい選手が集まってくる」。その意味で言えば、近年苦境に立たされていた能代工業には、かつてほど中学バスケット界の有望選手が集まる状況にはなかった。
選手確保の問題だけでなく、各チームのコーチは自身の経験以外にも、インターネットなどを通してさまざまな戦略・戦術を取り入れることが可能な時代。高校生であっても、ハーフコートバスケットをより複雑に、より緻密におこなう必要が出てくる。
その点においても、小野はオフボールでのスクリーンプレーなど、これまでの能代工業ではあまり見られなかった動きを授けていった。
「NBAでもそうだけど、ストレッチ4など今はビッグマンも外から攻撃ができますよね。我々もコートを広く使って、ボールを動かそうと。そこでズレをうまく作ることを今、考えています。選手たちにとってはたぶん初めての経験で、まだまだ完成じゃないけど、思ったよりもその動きに順応してくれているし、いい形になってきていると思います」
小野はそう胸を張る。
ほんの数年前までは自分が母校の指揮を執るとは思ってもいなかった。それでも「必勝不敗」の伝統を引き継いだからには、責任をもって高校生たちを育てる責任がある。
「やはり(高校生は)純粋ですから。うまくなりたいという気持ちが伝わってきますよね。能代工業でやりたいという目的意識を持ってくる子が多いので、そういう意味でもそれなりのものを披露すると食らいついてくるんです。もちろん『何でできねぇんだよ』と思うこともあるけど、選手たちが少しステップアップするだけでも楽しいんです」
試合を終えると小野秀二の眼は勝負師のそれではなく、やさしさと、これからの楽しみに溢れていた。
文・写真 三上太