優勝した瞬間、涙はなかった。この1年良いときも悪いときも話し合いを重ね、一緒にチームを引っ張ってきた同期の島谷怜や小玉大智の目には光るものがある。
「けど、(優勝後の)ミーティングのときも自分だけは泣かなかった。なんか、こうまだ優勝した実感が湧かないんですよ。ものすごくうれしいけど、うれしすぎてどこかでフワフワしているというか」
2年ぶり7回目の優勝を果たし、大会の最優秀選手賞に輝いたにも関わらず東海大の松崎裕樹はそう言って笑った。
大倉颯太(千葉ジェッツ)、八村阿蓮(群馬クレインサンダーズ)、佐土原遼(広島ドラゴンフライズ)、坂本聖芽(名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)など有力な4年生がズラリと揃い、そこに2年生のスーパーガード河村勇輝(横浜ビー・コルセアーズ)が加わった昨年の東海大は『最強軍団』の呼び声も高く、インカレ2連覇は間違いないと目されていた。主力の1人だった松崎も「うちが負けるはずはない」と思っていたという。しかし、 “勝ってあたりまえ” という重圧は思いのほか強く、決勝では全力でぶつかってくる白鷗大の気迫の前に持てる力を半分も出し切れないまま無念の涙を流すことになる。松崎は誰よりも間近で打ちひしがれた4年生たちの背中を見ていた。「この悔しさは来年のインカレで絶対返す」と誓ったのはそのときだったかもしれない。
だが、有力選手がごっそり抜けた後のチームビルディングは容易くなかったはずだ。春のトーナメントでベスト8にも入れなかったとき「今年の東海大は弱くなった」という声も聞こえてきた。キャプテンの松崎はどんな気持ちでその声を聞いていたのだろう。
「確かにそういう声があるのは知っていましたが全然気になりませんでした。まずは結果が出ないときでもリクさん(陸川章監督)の指導の下で取り組んでいく過程を大事にしようと考えていたし、それは必ず必ず次につながっていくと信じていましたから。だからキャプテンとしてのプレッシャーとかは感じてなかったです。むしろみんなの手を借りて、みんなをどんどん巻き込んで新しいチームを目指すことはすごく楽しかった。辛いことよりもどんなチームになっていくんだろうという楽しみの方がずっと大きかったです」
もともとポジティブで明るい性格だ。2年生エースの金近廉によると「普段はめっちゃおちゃらけている人で、キャプテンになったときも『これで俺が全権力を握ったからな』と言ってみんなを心配させてました(笑)」という。だが、新チームの練習が始まると顔つきが変わった。「裕樹さんがいつも自分にかけてくれたのは『おまえはエースなんだぞ』という言葉です。『どんなに落ちてもシュートを打ち続けろ』と繰り返し、繰り返し言ってくれたのが励みになりました。試合の大事な場面とかタイムアウトのときはみんな裕樹さんの目を見るんです。それで裕樹さんが言う言葉で気持ちを奪い立たせて戦うというか。僕を含め全員が信頼しているすごくいいキャプテンでした」
今年ポイントガードとして著しい成長を見せた黒川虎徹(3年)も松崎の言葉に励まされた1人だ。「自分は昨シーズンまで試合に絡むことが少なくて、今年は勝負の年だと思っていました。けど、ミスしたりすると結構クヨクヨしちゃうところがあるんですね。そんなとき、裕樹さんはいつも『大丈夫だ、大丈夫だ』と声をかけてくれるんです。自分は裕樹さんの『大丈夫だ』に何度も救われました。だからこのインカレはそんな裕樹さんをはじめとする4年生のために勝ちたいと思いました。自分の得点がゼロでもアシストがゼロでも勝てばいい。とにかく勝利のために自分の力を出し切って4年生を男にするんだって、その意識だけで戦っていたような気がします」