ボクは今、ブリュッセルにいる。いや、取り残されたと言ったほうがいい。
ドイツ・ミュンヘン経由で帰国する予定だったのだが、そのミュンヘン行きの飛行機がキャンセル、つまり欠航になってしまったのだ。「明日の便に振り替えるしかない」。航空会社のリアクションに、しばし呆然としてしまった。強風のためにドイツから来るべき飛行機が来なかったのだろう。
思い当たる節は確かにあった。大袈裟ではなく、昨日の朝は風の音で目が覚めた。海岸に散歩へ行っても強風が吹きすさぶ。曇天で、波も立っていた。ゲーム取材を終えると、アリーナの外は嵐。アリーナへの行き来で利用していたトラムも来る気配を見せず、結果的にバスが代行運転をしたほどだ。それでも翌日には収まるだろうと考えていたが、その日のうちに「ミュンヘン行きはキャンセルらしいですよ」という連絡が入る。
そんなわけで、ボクは今、まだブリュッセルにいる。
「まぁ、見てのとおりですね」
カナダ戦の午前練習を終えたあと、彼女はため息交じりに言葉を絞り出した。
普段はけっしてそんな選手ではない。むしろ明るさが売りと言っていい。しかし今回は違った。プレーがまったくうまくいかない。正直なことを言えば、質問なんてしないでほしい。答えたくない。そういった心境だったのだろう。ただ彼女の持つ生真面目さ、どんな取材にも応えようとする根っからのサービス精神が拒絶することを拒絶してしまった。
「いやぁ、たぶん……ディフェンスがただ単に上の(ポジションの)ディフェンスなんで、そこのディフェンスが悪いということで……」
歯切れも悪くなっていく。
所属チームではインサイドプレーヤーを守ることが多い。高さこそないものの、当たり負けしないパワーがあるからだ。しかし日本代表では違う。別の選手がそれを担い、3番ポジションの彼女はアウトサイドプレーヤーと対峙する。当然、慣れないフットワークに後手を踏むばかりだ。OQTはスタメンで起用されたが、プレータイムが伸びていかず、最後はスタメンからも外されてしまった。カナダ戦のプレータイムは第3クォーターの3分37秒だけである。
試合後、指揮官はスタメン変更の理由をはっきりと「ディフェンスができない選手は使えない」と断言した。わずかに残されていた信頼と期待は地に落ちた。本人もそれに気づいているはずだ。気持ちはもはやどん底である。
しかし、だからこそ、次にやるべきことはひとつしかない。上を見て、ひとつひとつ階段を上っていくだけである。夏までには間に合わないかもしれない。それでもやり続けることに意味はある。
曇天で、風が強く、波も立っていたオステンドの長い海岸。そこを楽しそうに歩いているカップルや家族連れが数多くいた。なぜこんなときに、と思うほどだ。しかし、どんなときでも目の前の一瞬を楽しもう。そんなメンタルが彼らにはある。彼女はどうか。
自国開催のオリンピックに向けた強い思いと、冬のリゾート海岸とを一緒にするなとお叱りを受けそうだが、楽しそうにプレーしているときの彼女は強い。昔からそうだった。生真面目さゆえに空転することも多いが、それを乗り越えてきたシーンを何度も見ている。そしてあの白い歯をニッと出す笑顔を湛えるのだ。
チャンスはある。コンペ(競争)の好きな指揮官だ。最後のコンペにすべてをかけろ。もちろんそれまでの準備を怠らずに。
曇天の荒波のなかから這い上がってこい、馬瓜エブリン!
バスケ徒然草「ベルギー・オステンドOQT編」
第6段「三本の矢」
第7段「見頃、咲き頃」
第8段「King & Prince」
第9段「曇天の荒波」
文・写真 三上太