那覇空港の出口がういん、と開いたらば、目の前は土砂降りのド大雨。
バケツをひっくり返したようなとか、そういった月並みな表現ではまったく足りないほどの豪雨が地面へ突き刺さるように降り注ぐなか、「これがワールドカップレベルのインテンシティか…」とかいう謎の思いとともに車へ乗り込む。
不思議なもので5分も車を走らせると一帯の道路はほとんど濡れておらず、超超局所的大雨、いわゆる「カタブイ」の特性を復習、懐かしさを噛みしめているうちに、目的地へと到着した。
大勢の人々が待ち望んだワールドカップはついにその幕を開けた。
熱狂の現地に行かずとも全国ネットで日本戦が放送されるという、一昔前ではまったく考えられない、誰もが望みながらも実現不可能だった盛況ぶり。
まるで別の世界線にでもうっかり入り込んでしまったかのようだが、それでも沖縄県には一つ問題が残っていて、それがローカル放送局。
沖縄は日本テレビが映らない。
これがどれだけ由々しき事態かなどと今さら申し上げるまでもなく、日本代表の初戦をテレビ観戦できないのである。
もちろん日本一丸を掲げる志を持った大人たちがこの惨事を見過ごすわけもなく、様々な障壁を乗り越えた末に行き着いたNHK沖縄でのローカル放送に、僭越ながら不肖わたくしめが出演してまいりました。
ただのカフェアルバイトが世界大会の一端を担うわけです。
とんでもないことですよ、これは。
この日はみんな大好き副島淳ともご一緒したのだけれど、最初から最後まで圧倒されっぱなしであった。
うっかりすると副島のことを昔の印象であったり、学生時代の競技力であったり、いや苦手な科目英語なんかい、であったり、ともかくバスケットボール界隈の誰それとして扱ってしまいがちになるけれど、俳優が本職であるくせにそのトーク力たるやお笑い芸人の手腕と勢いそのもので、当日の那覇は一時的に副島が天下を取ったと言っても過言ではなかったと思う。うそ。さすがにそれは過言。
副島はもうすっかりその道での実力者になっていて、バスケット選手を終えてありがたくもこのようなお仕事をさせてもらう身となった今では大先輩、先駆者、熟練の達人のような存在であるのだということを強制的に了解させられた。
あんまり覚えてないけど高校時代に全国大会で対戦し、打ち負かした相手という一種の呪縛めいた関係性なんてものはもちろん一切の用をなさないわけで、それよりも着目すべきは相応の努力があったであろう副島のこれまで。
バスケットでもおしゃべりでもコーヒーでもなんでもそうなんじゃないかと思うけれど、整えられたハイクオリティには体系化された知識や技術が必要で、それを身につけるための膨大な時間的、身体的コストは並大抵ではない。
現場を盛り上げる副島が発する言動には人が笑顔になるなにかがたっぷりと詰まっている気がして、そしてそれは天性のものというよりも人為的で、向上心と忍耐が長い時間をかけて作り上げた痕跡を随所に感じた。
バスケットから離れ、別の道をもがきながら歩むその時代のことを思うと、もくもくとした頭部のふくらみを見つめる目が自然と細まった。