男子日本代表がFIBAワールドカップ2019のアジア地区・1次予選を突破した。0勝4敗と後がないWindow3。6月29日のホームゲームでオーストラリア代表を79-78で破り――しかもオーストラリアがアジア地区に組み込まれて以来、初めて喫した敗北――、その3日後、チャイニーズ・タイペイでおこなわれたアウェイゲームは108-68で完勝。通算成績2勝4敗とし、当落線上を争っていたチャイニーズ・タイペイを逆転で上回っての1次予選突破である。
いわゆる崖っぷちに立たされてからの連勝だが、やはりオーストラリアに競り勝ったことが大きかった。これまでの日本代表であれば、自分たちのペースでゲームを進め、あわや大金星か、というゲームでもことごとく落としていた。いや、ことごとくというのは言い過ぎかもしれない。いくつかの番狂わせも実際に起こしたが、それ以上に序盤の躓きを取り戻せなかったり、あと一歩を踏み込めずに追い越されたりするゲームのほうが多かったように思う。
選手たちがそうした苦汁を飲まされてきたのと同様に、けっしてすべてではないが、少なくない国際ゲームを見てきた筆者もまた、その苦汁の飛沫を直に浴びてきた。そしていつしか思うようになる――日本代表が世界に出ていくのは無理だよ、と。
そうしたネガティブな思考はニック・ファジーカスが日本に帰化し、八村塁がWindow3に帰ってくると聞いても、どこかでぬぐい切れずにいた。ファンをはじめ、多くの関係者が熱狂すればするほど、より冷めた目で日本代表を見ていた。期待するだけ損するよ、と。
もちろんファジーカスが東芝ブレイブサンダース(現・川崎ブレイブサンダース)に入団し、その力量を見せ始めた頃から「ニックが帰化してくれないだろうか?」とか、八村や、今回は参戦できなかった渡邊雄太らがNCAAで躍動する姿を見て「彼らが代表チームに入ったら、日本は変わる」とも真剣に思っていた。もっと言えば比江島慎や田中大貴らを学生として見ていたときもそう思いながら、それでもなかなか変わらない結果に期待と疑念がないまぜになって、自分自身でも男子日本代表をどう見ていいか、わからなくなっていたのだ。
それがオーストラリアを1点差で振り切り、チャイニーズ・タイペイに完勝したことで、筆者の中の疑念が少しずつ溶けていくのを感じる。勝ち切れそうで勝ち切れないと思っていた男子日本代表が、けっしてベストメンバーではないが、世界基準の強さを持つオーストラリアに勝ち切り、ほぼベストメンバーのチャイニーズ・タイペイを一蹴したのだ。
「今日の流れでいえば、過去の代表であれば逆転される流れだったかもしれません。第3Qで一度逆転されたときがまさにそう。ただそこで踏ん張れたことがこのチームの本当の強さだと思います」
今のチームで誰よりも長く日本代表に携わっている竹内譲次がオーストラリア戦でそう感じたように、その試合は第3Qの中盤、一度逆転されたあとの局面がひとつのカギだった。あそこで突き放されたら、いつもの、筆者が疑念を抱いていた日本に戻っていただろう。しかし馬場雄大が諦めずに中央突破を試み、そこでケガを負った馬場に代わってコートに入った辻直人がフリースローを2本沈め、比江島が2メートル8センチのアングス・ブランドをブロックし、篠山竜青が自分よりサイズのある選手をボックスアウトで押し出し、比江島がディフェンスリバウンドを取るといったそれぞれの献身があった。流れの悪いなかで彼らはけっして集中を切らさず我慢を重ねた。それをファジーカスが得点という形で結実させ、比江島のジャンプシュート、竹内のドライブへとつながり、日本は勝利へのリズムを手放さなかったのである。
「八村選手とニック選手が加入したことでディフェンスとリバウンドが非常に分厚くなりました」
そのように言うのは篠山だ。日本の永遠の課題とされてきたリバウンドも、ファジーカスと八村の加入で加速度的に克服に向かっているというのだ。
「日本は今までいいディフェンスをしても、結局リバウンドを取られてやられてしまって、そこからメンタル的に我慢しきれずに試合が終わってしまうことが多かったんです。でも彼ら2人の加入によって、しっかりといいディフェンスをすればディフェンスリバウンドにつながるし、それがまたファストブレイクにつながるという手応え、自信みたいなものをみんなが感じ取れたんじゃないかと思うんです」
リバウンドがカギを握るとわかっていながら、それでも取れないもどかしさを誰よりも強く感じていたのは、他ならぬ日本代表の選手たちである。ボックスアウトを練習し、押し負けない体を作りながらも、やはり高さにものを言わされてきた。
そこにリバウンドの要になる2人のビッグマンが加わったことで、しかし彼らだけに頼るのではなく、彼らを軸にしながら、彼らがいなかったときに培ったスキルや意識を存分に出そうとした。
大きな期待を背負いながら、日本代表としては苦しみのほうが多かったであろう田中が言う。
「前回(オーストラリアと)試合をしたときは20本近くのリバウンドの差があったと思います(実際は27本の差)。今日もオフェンスリバウンドは取られているけど、そのなかでマイナス6本ということはみんなが集中していた証拠だし、ルーズボールにも食らいついていました。ニックと塁が入ることで間違いなく高さの部分でチームにプラスは与えていると思いますけど、その2人だけじゃなくて、自分たちペリメータ陣がリバウンドに絡む意識も前回と違ったところじゃないかな。最後の局面だけで勝ったのではなく、試合の入りから40分間それを継続した積み重ねの勝利だと思います」
かつて田臥勇太が日本代表入りし、身長が低ければ床に転がったルーズボールは絶対に譲るなと言わんばかりにダイブし、それを比江島や田中ら若手が真似したように、ファジーカスと八村という高さで勝負ができる選手が加わったとき、比江島や田中らが再び躍動し始めている。
オーストラリア戦では求められる得点は6点に終わった比江島が、それを認める。
「シュートはあまり入らなかったけど、ニックや塁を生かすことができましたし、今までオフェンスで体力を使っていた分、あの2人が入ってきてくれたおかげでディフェンス面に余裕ができました。ディフェンスも珍しくできたし、リバウンドなど泥臭いところでも頑張ることができました」
今さらだが、ファジーカスと八村はこれまでの日本に足りない部分を埋める貴重なピースである。それは得点やリバウンドといったスタッツ上のこともさることながら、高い能力を持ちながら、さまざまな役割を担わされたことで本来の力を最大限に発揮できなかった選手たちを“解放”する意味も含み持っていた。
“希望”によって解き放たれた男子日本代表がどんな変化を見せるのか。むろんそれは進化であるはずだ。世界に向かう彼らを今こそ前向きな目で追ってみたい。
文・三上太 写真・吉田宗彦