「ワールドカップとオリンピックを比較したときにカッティングのところが、なかなかうまくいかなかった。相手のレベルが上がるにつれて、ずれが生じにくかったりするんで、カッティングのタイミングであったり……」
その後もまた考えは迷走していくのだが、「カッティング」にピンとくるものがあった。
比江島と同じ福岡県出身の女子バスケット選手、林咲希が「福岡県のバスケットは独特なんです」と語ったことがある。独特といっても、一般的に引き合いに出される沖縄県のトリッキーさとは違う。福岡のそれは、間合いであり、ずれへの感覚。国内でも屈指の “バスケットどころ” だからこそ、そうした細部に色が出るのだろう。それを林はカッティングで表現していた。
偶然の一致だろうか。
状況を一変させるカッティング。いや、一変は難しくても、状況を打開するカッティング。ただ切れ込むだけではない、緻密に考えられた間合いやずれの感覚を、いかに考えずに、しかも相手に悟られることなく、生み出すか。後進に残された課題は難題である。
後輩たちへのエールとも言うべき、アドバイスの最後に、比江島はこうも言っている。
「僕みたいな選手が育ってくれたらいいなと思っています」
さらに難題。むろん言葉の真意は「個々が持つ特長をチームのなかで最大限に生かしてもらいたい」である。そのためにも後進に道を譲ろうというのだろうが、もう少し、次のワールドカップあたりまで、彼が見せる “独特の間合い” を見ておきたい。ハンドラーとしてだけではない、オフボールマンとしての比江島に注目したい。
心身ともに大変な思いをするのは比江島である。トム・ホーバスヘッドコーチも「彼の考えをリスペクトする」と言っているし、試合に出られない渡邊雄太が比江島の白のユニフォームを着て、モンゴル戦にかけつけていたのも、慰留の表れか、あるいは最後の雄姿を見届けたいという思いだったのかもしれない。
そう考えれば、周りがとやかく言うことでもないのだが、せめてあと2年、なんとかならないものかと思いたくなる。
モンゴル戦ではアレックス・カークというペイントエリアで体を張れるビッグマンが加わり、比江島のペイントアタックやアシストなど、彼の持つポテンシャルがさらに生きていた。生きのいい若手は出てきているが、比江島みたいな選手は現れていない。
しかも、である。第3クォーターには自らの速攻で得たフリースローを2本とも外しているし、第4クォーターには、ダイブ(カッティング?)からパスを受け、比江島らしいステップでシュートを決めた直後、テクニカルファウルを ── やや不可解だったが ── 犯している。24日に現地でおこなわれたグアム戦では9得点に終わっている。
青山学院大学時代、当時、すでに海外志向だった富樫を引き合いに出して「海外挑戦はしないのか?」と尋ねたことがある。そのときはまったくその気がないと言っていた。にも関わらず、数年後、オーストラリアへ。アメリカへ。
状況がまったく異なるとはいえ、自らの言葉を反故にしている。それでいい。世間はWindow2を「ラストダンス」と言っているが、Window3にも、アジアカップにも、ワールドカップにだって、いていい。
その公開練習で「Window2が最後のつもりって言っていましたよね?」と聞かれて、「いや……ま、はい……あの……」と、歯切れ悪く、はにかむ比江島を、笑顔で迎え入れたい。おそらくファンも同じ気持ちだと思う。
文 三上太
写真 FIBA.com