文・三上 太 写真・吉田 宗彦
手応えを掴んできた。頭と気持ちの整理もついてきた。あとは実践でさらなるチャレンジをするだけ――そう考えていたヨーロッパ遠征で、長岡萌映子は再び悩みの淵に戻された。
今春、長岡は女子日本代表候補リストに自分の名を見つけたとき、ホッとしたのと同時に、「マイナスからのスタート」をはっきりと意識した。チームは昨年のアジア選手権を連覇で制し、リオデジャネイロ五輪の切符を手に入れた。しかしそこに自分の姿はない。代表候補にこそ選ばれたものの、第1次合宿で右ヒザを負傷し、戦線離脱を余儀なくされたのだ。
高校生のころから世代別の日本代表はもちろんのこと、A代表にも選出された長岡にとって、アジアをはじめとした世界で戦うことは常に念頭にある。そのためなら、シーズンオフに自費でアメリカにトレーニングに出かけることさえ厭わない。
しかし内海知秀氏が代表ヘッドコーチに就任してからは、思うような結果につながらない。理由は明白だ。長岡を3番ポジション、つまりアウトサイドからの攻撃を主とするフォワードで起用したい内海ヘッドコーチは、彼女にそれだけの力があると認めながら、一方でアウトサイドでのディフェンスに難色を示していた。所属チームである富士通レッドウェーブではポジションが異なるため、Wリーグでも経験が積めない。ディフェンスをベースに置いたチーム作りを考えると、長岡のそれは致命的な欠点に映っていたのだ。
それでも昨年度から内海ヘッドコーチは、ベースこそ変えないまでも、より勢いのある攻撃性を選手たちに求めるようになった。そうなれば長岡は一番試してみたい選手の1人だ。
今年度の第1次合宿で長岡はこう言っている。
「ディフェンスが課題であることはわかっています。そのうえで自分に何ができて、何ができないのか、また何を求められているのかをきちんと理解して、プレイしなければいけないと思っています」
課題は明確だが、かといって苦手なディフェンスにばかり集中しすぎて、得意のオフェンスに支障をきたすのは本意でない。チームのプラスにもならない。世界で戦うための最低限のディフェンス力を身に付けながら、いかに得点面でチームのプラスになるか。候補メンバーとして長岡が招集された理由はそこにある。
「確かに昨年度の12名にはアジア選手権を制した実績があるし、それについては候補に選ばれたときから考えていました。代表チームに関わる人のなかには『アジア選手権を制したメンバーでオリンピックも戦いたい』と口にする人もいて、正直、心にグサリと刺さりました。それでも今年度の候補として18名を選んだ意味がなければいけないと思うんです。自分を含めた6名は、昨年の実績を上回るものを出せる可能性があるから呼ばれているんだと思っています」
その言葉どおり、長岡は得意のオフェンス――182センチの上背がありながら、力強いドライブや3ポインシュート、合わせ、そして飛び込みリバウンドで実績を飛び越え、チームの中心部に入り込んでいった。スターティングメンバーの座にこそ届いていないが、ゲームの流れを変える控えの選手、いわゆる“シックスマン”としての存在感は示しつつあった。
むろん本人はこのままずっとシックスマンに甘んじているつもりはない。札幌山の手高校でも、高校生年代の日本代表でも、そして富士通でもエースとして君臨し続けてきた自負がある。日本代表についても「いつかは先頭に立って、チームを引っ張りたい」と考えている。
それでもリオデジャネイロ五輪への出場を渇望する今の彼女にとって、現実を見極めることは重要であり、中心でなければイヤだなどとわがままを言うわけにはいかない。言える立場でもない。もし自分が代表入りを果たせば、当然昨年のメンバーの誰かが落とされる。アジア選手権制覇に貢献したメンバーを落としてでも自分が入るだけの価値を、誰もが認める形で示さなければならない。そう考えるのは当然だろう。
「国際強化試合のオーストラリア戦が終わった後、知人にこう言われたんです。『内海ヘッドコーチがモエコをセカンドユニットで使う理由って、チームを変えたいからなんだろうね。スタメンでシューターとドライブマン(スラッシャー)のタイプを1人ずつ使っておいて、そのあとでモエコを出すのは、それまでとは異なるチームの色を出したいからなんじゃないかな?』って。なるほどなって思いましたね」
そう言われてみると、練習中に内海ヘッドコーチから「3ポイントシュートは誰もが打てる。モエコはディフェンスをフェイントで飛ばしておいてステップインをしたり、ペイントエリアに飛び込んで合わせてシュートを打ったり、オールラウンドに得点を取るように」と言われた。体力的に苦しくてリバウンドに参加できなかったときは「モエコの強みはリバウンドだろう。そのモエコがリバウンドに行かなかったら、ほかのフォワードの同じだ!」と叱責されもした。
他のフォワードとは異なる色の自分――知人の言葉と、内海ヘッドコーチの言葉がキレイに重なり、長岡自身の中にストンと落ちるものがあったのだ。
スタメンの座に未練がないといえば嘘になる。最後までその座を狙っていたい。そう思う一方で、これまでの合宿や強化試合を通して「何かが違う。起用の方法にしても、チームとのフィット感にしても、何かがちょっと違う」と感じた長岡は、シックスマンとして役割を受け入れようと決めた。
「(NBAライターの)宮地陽子さんが書かれた、ジャマール・クロフォード(ロサンゼルス・クリッパーズ)がシックスマン賞を取ったコラムを読ませてもらったんです。これまでもシックスマンが重要な役割であることは頭でわかっていたけど、クロフォードのような考え方もできるんだと知って、今の自分とマッチしました」
その内容を要約すると、かつてはスタメン以外を考えられなかったクロフォードが、シックスマンという役割を受け入れ、そのなかで自らの得点力を発揮していく。そこにはチームメイトの支えがあり、得点を決めることでチームプレイの一端を担うというものだ。
自らを「我が強くて、エースでやりたいっていう感じが常に出ているよね」と認める長岡が、「視点を変えられるようになりました」と笑顔を見せる。
「オーストラリアとのゲームでは、チャレンジしきれていないところがあったんです。レイアップシュートにいってブロックをされることもなかったし……通用しなかったというより、チャレンジできていなかったので、ヨーロッパ遠征では“チャレンジ”をテーマの1つにしたいと思っています」
もちろんシックスマンである以上、プレイタイムの長短や、チームプレイの流れも気にかけなければならない。自分勝手なチャレンジが許されるはずもない。ただ何か1つでも自分を高めるきっかけを、たとえそれがミスであったとしても、積極的に見出していきたい。そう言って長岡はヨーロッパへ旅立った――。
ヨーロッパ遠征の初戦、フランスとのゲームでは、第2Qに3分9秒出場しただけで無得点。リバウンドが1つ。第2戦のヨーロッパ王者・セルビアとのゲームでは11分25秒の出場でフリースローによる3得点のみ。2ポイント、3ポイントはともに3本打って成功がゼロ。リバウンドが3つ、アシストが2つ。
チームの色を変えるシックスマンとしての自信を、長岡は失いかけているに違いない。
しかしそれは長岡がこれからも世界で戦おうと考えるのであれば、乗り越えなければならない試練である。今そのときの自分とどう向き合い、次の遠征地・ベラルーシで練習やゲームにどう取り組むか。プレイタイムが得られず、結果も伴わないときの姿勢こそが、長岡萌映子をより大きく成長させる、ヨーロッパ遠征最大のチャレンジなのだ。