Text by Futoshi Mikami / Photo by Mumehiko Yoshida , Mami Yasui
華麗なプレイや派手なパフォーマンスとはまったく無縁。圧倒的な高さやスピードを持っているわけでもない。それでもU-23女子日本代表を率いた萩原美樹子が「何せ献身的。それに尽きる!」と評価し、信頼を寄せる。それが大沼美琴である。
175cmのフォワードは積極的にリバウンドへ飛び込み、ルーズボールに身を投げ出す。1対1のディフェンスはもちろん、ボールを持っていないところでのポジショニングも的確で、近年力をつけてきているミドルシュートは確率が高い。味方にとっては“痒い所に手が届く”存在であり、敵にとっては痛いところを突いてくる嫌な存在といえる。
そんな大沼が1つの殻を破ろうとしている。日本代表への意欲だ。むろんリオデジャネイロ五輪は、候補に入っていない現時点で道が閉ざされている。それでも4年後の東京五輪を1つの目標に定め、来年以降の代表入りに目を向けているのだ。
U-23女子日本代表として臨んだ国際強化試合を終えて、大沼はこう言及している。
「代表入りしたい思いはあります。今年のリオデジャネイロ五輪に向けた日本代表候補には同期が4人(宮澤夕貴、長岡萌映子、三好南穂、藤岡麻菜美)がいるから、なおさら負けたくない思いがあります」
その4人は、いやU-23日本代表の池谷悠希や近平奈緒子、参戦できなかった谷村里佳を含めると7人はJBAが展開する育成プログラム「U-15トップエンデバー」や、「第1回FIBAアジアU-16女子選手権大会」などで切磋琢磨してきた仲間である。ライバルと言ってもいい。そのライバルが今まさに世界の最前線に出ていこうとしている。刺激を受けないわけがない。
一方で、大沼は自分の野心をはっきりと口にすることが極めて少ない選手だった。中学時代はもちろん、全国大会で準優勝を果たした高校時代さえもなかった。現実を見定め、高望みはしない。むろん勝負の世界に生きるアスリートである以上、内に秘める炎こそ持っていたはずだが、それを積極的に表現していくことはしない。それはミニバスケのコーチをしていた父の「他人の手が及びそうにないところ――リバウンドやルーズボールを誰よりも頑張れ」という教えが、人のために尽くすことを是とし、自らの炎さえも覆っていたからかもしれない。
しかし燃え盛る炎は年を追うごとに大きくなり、ついには “謙虚の殻”をも溶かすまで大きくなった。
それは自信を持つこととも大きく関係している。
「自分の中で一番変化を感じているのはシュートかな。3ポイントラインの一歩前あたりのシュートが安定してきて、昨年のジョーンズカップ(第37回女子ウィリアム・ジョーンズカップ)で結果を残せた実感があったんです。そこから『日本代表に入りたい』と口にするようになりました」
山形市立商業3年のころは高橋仁コーチがいくら「シュートを打ちなさい」と言われても打てなかった。いや、打たなかった。誰もが認めるエースであるのに、どこかで「ほかにいい選択があるのではないか」と迷い、チャンスを見出せなかったのだ。
それが高校を卒業し、JX-ENEOSサンフラワーズという日本一のチームに入ったことで大きく変わった。自らの役割を“合わせのシュート”に見出したとき、迷ってはいられないと悟ったのだ。吉田亜沙美のキックアウト、ダブルチームをされる渡嘉敷来夢、間宮佑圭からのパスを受け、それをゴールに沈めれば、常勝チームの連勝はさらに伸びていく。そのことを、身を持って体験し、これまでにない自信を得ているのだ。
ただしその自信さえ、次へ進むためのステップでしかない。今回のU-23日本代表で、大沼はそのことを改めて思い知らされた。
「JX-ENEOSではタクさん(渡嘉敷)やメイさん(間宮)がいるから、インサイドにパスを入れて、自分は合わせる……いや、合わせてもらっている。ノーマークにさせてもらっていると感じるんです。でもU-23では自分でスペースを作ったり、自分から仕掛けてシュートを狙ったり、パスをしたりすることを求められているから、JX-ENEOSとはちょっと違うんです」
慣れない自らの仕掛けに、大沼はミスを繰り返した。それでも萩原ヘッドコーチと話し合い、第2戦の反省点を翌日の第3戦に修正するなど、対応能力の高さも見せた。
「今日(第3戦)意識したのはゾーンディフェンスをされたときのドライブ。昨日(第2戦)はドライブをしたあとのボールの処理の仕方がよくなかったんですけど、昨夜ビデオを見返したときに、速く攻めすぎていたことに気付いたんです。それほど勢いよく攻める必要がないのに、速く攻めすぎていた。萩原ヘッドコーチからも『今日はもう少しゆっくりでいいよ』と言われました。しっかりと止まれるスピード……止まった後にちゃんとボールを保持できるスピードで攻めて、そのあとでシュートかパスかを選択しようと」
それが第3戦の第1Q、KDB生命ウィナーズのゾーンディフェンスをドライブで破り、西岡里紗へのバウンズパスでのアシストにつながっている。
緩急をコントロールできればディフェンスのリズムを狂わせ、抜くこともできるし、その後のプレイも正確におこないやすくなる。コーチの話をよく聞き、理解し、すぐプレイに取り込む素直さも、大沼の武器と言えるだろう。
「あとは3ポイントシュート」
萩原ヘッドコーチは大沼の課題をそう話す。
「ミドルレンジのシュート力は信頼しているので、長い距離のシュートに自信がつけば、プレイエリアが広がり、プレイの選択肢も増えると思います。だからといって、大沼がバンバン得点を取る必要はないと思います。得点シーンを生み出す、作りだす、そして周りをしっかり見られるようになることが彼女の課題かなって思いますね」
大沼もそれを十分に理解している。JX-ENEOSにしろ、日本代表にしろ、得点を取る選手は他にも数多くいる。大沼のベースはあくまでもミニバスケ時代から培ってきた献身的なリバウンド、ルーズボール、ディフェンスであり、そこに“つなぎの得点”をいかに積み上げていくか。そのうえで「日本代表のスタッツを見ると、やはりフォワードには3ポイントが必要になってくる。これからの自分のテーマもそこだなって思います」。
もちろんJX-ENEOSには吉田がいて、渡嘉敷がいて、間宮がいる。大沼の役割はいかに合わせのシュートの精度を上げるかであり、それは今後も求められるところだろう。ディフェンスでのファウルトラブルや、ターンオーバーも減らさなければならない。そのうえで状況によっては自ら仕掛けてスペースを作ったり、得点シーンを生み出すプレイを身に付ける。シューターの岡本彩也花へのマークが厳しくなる中で、対角の大沼が3ポイントを沈めれば、ディフェンスはさらに的を絞りづらくなってくるだろう。
言うは易く行うは難し。
課題は多いが、これまでも地道に、愚直に目の前の壁を乗り越えてきた。挑戦し、努力し続けた先に夢が開けることもわかっている。
「自分への課題は明確になっているから、そこを頑張ります」
そう言ってミックスゾーンを離れる直前、大沼がボソリと言った。
「4年後はあっという間だから」
女子日本代表がリオデジャネイロ五輪に向かっているとき、大沼は東京五輪へのスタートを切った。
[バスケットボール女子日本代表国際強化試合2016 三井不動産 BE THE CHANGE CUP]
5月7日(土)長岡大会@シティホールプラザ アオーレ長岡
U-23日本代表 ○82‐61● KDB生命ウィナーズ
日本代表 ●41‐80○ オーストラリア代表
5月9日(月)東京大会@国立競技場代々木第二体育館
U-23日本代表 ○66‐57● KDB生命ウィナーズ
日本代表 ●55‐81○ オーストラリア代表
5月10日(火) 東京大会@国立競技場代々木第二体育館
U-23日本代表 ○80‐63● KDB生命ウィナーズ
日本代表 ●73‐84○ オーストラリア代表
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