一昨年に58歳の若さで亡くなってしまったが、1990年代のNBAを代表するセンターの1人にディケンベ・ムトンボという選手がいた。オールスター出場8度、ディフェンシブプレーヤーオブザイヤー4度、リバウンド王2度、ブロック王3度という実績を誇り、背番号55は2チームで永久欠番になっている。
ただし、同じコンゴ民主共和国出身であり、ファミリーネームも同じムトンボ ジャンピエールは、「家族? 兄弟?」と言われることも多いそうだが、血縁関係があるどころか、そのプレー映像を見たことすらほとんどないという。ジャンピの愛称で知られる彼は京都・東山高校に留学生として入学し、日本体育大学を経て現在は新潟アルビレックスBBでルーキーシーズンを送っている、2002年生まれの23歳。NBAの映像はよく見るといっても、ディケンベの現役時代をリアルタイムで見ているはずもなく、お気に入りの選手はレブロン・ジェームズとのことである。

そんなジャンピも、ポジションが同じセンターということもあり、最大の武器はディケンベと同様にブロックショットだ。第21節を終えた時点でB3のランキング1位に並んだジャンピは、翌週の2月28日に行われた東京八王子ビートレインズとのGAME1で4ブロックをマーク。同時に17得点16リバウンドというスタッツも残し、チームの勝利に大きく貢献している。
「全然簡単なゲームじゃなかった。相手もシュートが入ってたし」と試合を振り返ったジャンピは、「自分はまだ足りてないものがある。リバウンドもまだまだ足りてない。20本くらい取りたかったですね」と自身のパフォーマンスには満足していなかった一方で、ペイントエリアでの支配力があるユージーン・フェルプスの欠場を受け、「ファウルに気をつけて、リバウンドとかディフェンスも頑張らないとあかんかなと思ってたので、ユージーンのためにも頑張りました」と気合いは入っていたようだ。
ジャンピを一躍有名にしたのは、米須玲音(現・川崎ブレイブサンダース)とのワンツーパンチで東山高を準優勝まで押し上げた2020年のウインターカップだった。日本に留学した当初はアメリカ行きを希望していたということだが、いざ日本に来てみると「日本の人がめっちゃ優しくしてくれて、ああもうアメリカはいいや、日本でバスケしようって思った」と考えが変わった。
そして、高校でバスケットに打ち込むうちに日本でプロになりたいと思うようになった。いつか米須とも対戦したいと思っているジャンピは、「B1の選手はちょっと違う感じでバスケやってるから、動画を見て、どんな感じでプレーしてるか勉強してます」とより高いレベルでプレーしたい意欲を持ち続けている。
新潟の一員となってからは、「先輩にすごく優しくしてもらって、(五十嵐)圭さんとかタクさん(川村卓也)は困ったところを全部教えてくれるのが嬉しいです。このチームに来て、結構試合に長く出てるからすごくいいと思ってます」と成長を実感。鵜澤潤ヘッドコーチによると、特に最近は練習の取り組み方が変わったということだ。

「彼はどういうプレーヤーになりたいかという理想の選手像を持ってるので、それに対して現状は物足りないんじゃないかとか、こういうところをもっと取り組んでいけばステップアップして、それに付随していろんなものが成長できるよという話をしたんです。彼はそこに前向きに取り組んでくれてるし、それが試合にもつながってると思いますね。そういう姿勢がすごく評価できるところです」











