傍から見る限り彼の仕事はシーズンを通してチームに多大な貢献をしていたように感じたが、牧によれば一つの大きな転機が存在したようだった。
「すごく自分の中で起点となった試合は島根戦の2戦目(2024年4月14日、松江市総合体育館)、前半で隆一さん(岸本)が手の怪我をしてしまって後半出られないという状況だったんですね。前半はチームとしてすごく流れもよくて、これいけるな、っていう感じだったんですけど、後半を僕が任されてから逆転負けして、結果を出し切れなかった。その試合が僕的にはすごく悔しくて、ターニングポイントになったような気がしていて。そのときにやっぱり隆一さんがいるからというか隆一さんに頼りすぎている。本当に頼り甲斐のある先輩なんですけど、そこに頼りすぎているなっていう自分に気付かされた試合だったので、そこからもっと自分でやってやろうという気持ちを持って臨んでいました。」
カークの帰化によってチームスタイルが変わってしまったこと。
そしてメインガードの離脱によって突如、それまでとは違うタスクに携わったこと。
不測の出来事は牧のバスケットボール観を強く揺さぶり、同時にプレーヤーとしての成熟を促した。
「もっと早くからその責任感を持って、もっとそういうふうに、もっとフレキシブルにシーズン中うごけていたら最後、もっと違った結果になったかもなと、今は感じることがあります。」
形式に沿った手続きはわかりやすさと安心を与えてくれる。
しかし効率的な習慣化が惰性を生むことも事実。
絶対的な安定感を求めた知識による理論武装、それこそ正義と信じて疑わない我々に、棋士の羽生善治氏の考察は鋭く突き刺さる。
「一つ気をつけなくてはいけないのは、情報や知識はしばしば創造に干渉するということだ。情報や知識が先入観や思い込みを作ってしまい、アイディアが浮かばなくなってしまうのである。」(大局観, 羽生善治, 角川新書, 2011)
必要でないときには大胆に捨てるが、必要になったときに拾い上げ、それをもとに新たな創造をする。
熟達するとはいらなくなった情報を切り捨てる作業でもある。
これまでに成果を出していたものに固執せず、はっきりとしない、よくわからない状態に足を踏み入れるには相当な勇気を要するが、牧はそれを厭わず前に進む。
近年の成績を鑑みれば日本一にほど近い琉球でのプレーを辞し、新たな環境へと身を乗り出す。
「琉球のクラブ、そしてファンの皆さん、沖縄という土地にバスケット面だけではなくプロバスケットボール選手として、というすごく大きな枠で育ててもらった恩もあります。そういった意味ではやっぱり名残惜しさを感じましたけど、やっぱりプロバスケットボール選手として向上したい、ステップアップしたい気持ちが強くあると、今は思ってます。」
文 石崎巧
写真提供 大阪エヴェッサ、B.LEAGUE