田渡は、昨シーズンまでの5シーズンにわたってB1の舞台でプレーしてきた。今の熊本にこれを上回る選手はおらず、遠山向人ヘッドコーチが「B2にずっといる選手にB1のシステムやB1で起こり得ることを話しても響かないことがあるんですが、田渡と神里はB1で起こり得ることを周りにシェアしてくれるので助かっている」と話すように、その経験値はチームにとって確実にプラスになる。
ただ、田渡本人は「B1とB2のバスケットは違う」と言い、B1で長くプレーしてきたことにあまり優越性を感じていない。むしろ、B1で経験してきたことを教訓としてチームに還元しようとしているそうだ。
「B1とB2は選手の構成も違うので、プレーの仕方も変わってくると思うんです。自分がB1にいたからという経験を語るよりも、うちは若い選手が多いので、その部分で言わなきゃいけないことがたくさんある。ポジティブな雰囲気でやっているときは良いんですが、なかなかそれを継続できないことが多い。自分は5シーズンB1でやってきて、あまり勝てないチームにいた経験から、負けているチームの雰囲気だけは自分が一番理解しているので、こういうことをしたら良くない方向にいってしまうということは常々言っていて、その中で勝ち方をみんなで学んでいけたらと思ってます。少しずつだけど、自分たちのバスケットのやり方は理解できてきていると思います」
英語を話せることで、オンコート・オフコートを問わずコミュニケーションを取り、選手間のケミストリーを高めるという役割があることも自覚しつつ、「今はとにかくコートでしっかり自分のパフォーマンスを出してチームに貢献していこうという気持ちが一番です」と言う田渡には、B1での豊富な経験でチームを引っ張るのではなく、1人の選手として新たな舞台でチャレンジするという姿勢のほうが合っているようだ。
この越谷戦を迎えるにあたっては、両親から事前に電話がかかってきたとのこと。越谷には、京北の5年先輩である二ノ宮康平が在籍しており、電話の向こうの父の口からもその名前は出てきたという。「最初に憧れた人」という二ノ宮の存在は田渡にとって大きく、「二ノ宮くん」という呼び方には身近に接してきた親近感もこもる。
「父からは『負けられないよな』という話もされました。少しだけマッチアップする時間帯もあったんですが、二ノ宮くんには特別な想いもあるし、たぶん父も、二ノ宮くんを6年間コーチしてきたので特別な想いで見たんじゃないかと思います。父親の前で先輩と対戦している姿を見せることができて良かったです」
そして、そんな父が今越谷で新たな仕事を任されていることにも、田渡は「素直に嬉しいですね」と喜びを示す。父の指導を受けてきたことに率直な感謝の意を抱き、父の存在があってこそ今の自分があるという実感も改めて身に染みている。
「越谷は僕の地元からも近いですし、父は若い世代を教えるのに適した指導者だと思います。父の教えがあって今こうしてバスケットができているというのが大きいので、少しでも多くの子どもたちに良い影響を与えられるような仕事をしてもらえれば自分も嬉しいですし、自分も何か手伝えることがあればと思います」
父も子も、新たな環境でチャレンジを始めたばかり。バスケットという土台の上に築かれた田渡家の物語は、まだまだ長く続いていくのだ。
文 吉川哲彦
写真 B.LEAGUE