「いやあ、もうビビるくらいなくなりましたね。もちろん、試合によってはもっと出たいなと思うことはあったりするんですけど、でもあんまりないですね。強いていえば、本当に必要なときにコートに立っていられる、必要とされる選手であればいいかなっていうところです。
二年前に体調を崩したときに、自分なりに色々思うこともあって、マジでバスケットこれ…どうなるんだろう、とか思うと、今やれてる状況ってほんと幸せだよなって思い始めたくらいからですかね。自分のこれからのキャリアを考えたときに、長くキャリアを続けたいって考えたときにどういうメンタリティだったり、プレースタイル、プレーの質を自分で向上させていけばいいのかって考えるようになって、今の形になりましたね。それまでは、試合のベストプレーヤーっていうのは毎試合30分出て、何点取って何アシストして、それで優勝に導いて、とかそういうふうに考えてた部分があったんですけど、もうそれはなくなった…なくなったというか、それも一つの形だけど、違う形で試合を動かせたりする選手のほうがいいかなと思ったり。そうですね…どうなんですかね。なんでこうなったかって言われるとちょっとよくわかんないかなと思うんですけど(笑)」
明るく笑う岸本だが、最初からすんなりとその状況を受け入れられるほど、物分かりがよかったわけではない。
「(スタートではない試合が増え始めた)4、5年前…は悔しかったですね。スタートって言うよりも、試合に多く出られなかったことに対して、悔しい気持ちがあったんですよ、どっかで。でも去年くらいから、試合に出ないことが悔しいというより、冷静になれてきたかなと思います。なんで出れなかったのかを感情論抜きに考えたりするようになりました。なんでそうなったかっていうと自分でもよくわからないんですけど…でも、今の心持ちのほうがやっぱ楽ですね。追い詰めなくていいっていうか。
前は多分辛かったのかな。いや、そんな意識はなかったんですけど、なにをそんなに張り詰めてたんだろうなっていうのは、今思えばけっこうあって。今のほうがすごく自然体でいられています。」
必要なときに必要とされる選手でありたい。
それは大事な場面を任される存在でありたいということ。
本人の感覚としては、重要な勝負どころでピンポイントに仕事をするイメージなのかもしれないが、実際はチーム内の日本人選手で二番目にプレータイムが多い。
「欲を捨てたら、今までの欲というか自分の持っている感覚的な部分を引いていったら、試合に出ることも増えていったかなと思います。もっとあれもやらなきゃ、これもやらなきゃと思ってたんですけど、逆にもうあれはやらない、これはやらないっていう感覚にしていったほうが、試合には出れるようになっていく感覚ですかね。引き算…引き算ていうんですかね、こういうの。
どれだけ頑張っても自分にはコントロールできることとできないことがある、ということを受け入れられるようになったのが大きかったのかなと思います。僕たちはどうあがいても選ばれる側の人間だと割り切って、やれることをやるだけですね。」
束ねられた矢も、刃物を使えば簡単に切れるし、火にかければ一本のときよりもよく燃える。
そもそも矢は放たれるためにあって、へし折られる力に抵抗する意図で作られてはいない。
集団に大きな利益をもたらすのは、安易な束なりでなく、最大限の力を引き出された個の連携だ。
スタートを外され、そして自分を表現する時間を奪われた岸本は、自分に問いかけ続けることで一本の金の矢となり、チームを救う力を得た。
中編:「黒より白く、白より黒い、いずれかの明度」へ続く
文 石崎巧
写真 B.LEAGUE