鈍痛が続く足で珈琲屋を目指す。
ちょうどお昼時なので食事もどこかで取りたいところだ。
できれば余計に歩かなくて済むよう、通り道で見つかれば尚良い。
駅のすぐ近くには餃子の王将があって、ルート的に大変都合が良い立地だった。
王将か…この後、解説だからな…マスクしてるとはいえ迷惑かけたら申し訳ないし、試合後にしようか…
後ろ髪引かれる思いで再び歩き出す。
それにしてもなんと貧弱な足腰であることか。
一年前まであれほど隆盛を誇った大腿四頭筋の行方も、今となっては杳として知れない。
飼い猫にマウントを取ったり取らせたりも満足にできないようでは、この先の人生が思いやられる。
ムキムキまっそうな日々を回顧しつつ将来を案じていると、なにやら雰囲気のある店が見えてきた。
一面ガラス張りの入り口には「カルダモン」と流れるような筆記体で書かれており、コンクリート部には『curry』、『coffee』の文字。
「スパイスカレーとコーヒーを出す店だな」
少ない手がかりから見事な推理で結論を出し、即座に店内へと足を向かわせた。
距離的には駅から全然歩いてないけど、お腹すいたし、足痛いし、一旦休憩したかった。
床と壁はグレーで統一され、無機質でありながらもテーブルの木材から温かみを感じる店内。
広いスペースに相当数設置された座席はカップル、若い女性客、子連れの家族などで賑わっており、人気の高さが窺えた。
窓際にはターンテーブル、複数の金色コケシ、雑誌などの書籍が配置されていて、お洒落な人が作った店なのだろうな、コケシがおしゃれに見えるもの、と感心する。
いくつかあるカレーの種類の中から、「アカカレー」と書かれたものを注文すると、オーダーからほとんど間を開けずにサラダが運ばれてきた。
メニューの結構なスペースを使って綴られた店主のメッセージによると、このサラダはペルシャサラダと呼ばれるものでなかなかのこだわりが込められているらしかった。
だがそれよりも気になるのは、ペルシャってどこだったか。
ペルシャ絨毯、ペルシャ猫、場所はいまいちはっきりとしない。
サラダに添えられてるヨーグルトソースはなんとなくトルコのケバブなイメージ。
ギリシャ料理もこんな感じだったような。
グーグル先生に聞いてみよう…と思ったけどガラケーだから今は無理。
地球上のどこで生活してるかも判然としない、ペルシャ民の食卓に思いを馳せようとして、諦める。
黙々とサラダを食べているうちに、コーヒーとカレーもテーブルに乗せられた。
コーヒーは一杯ずつドリップしてくれる格好で、カレーに合うよう深く焙煎されたもの。
そしてアカカレーは、その名の通りに赤カレーで辛そう。
だがそれほど刺激が強いわけではなく、程よい辛みでスプーンが進む。
辛さの耐性が高くないので少し不安だったが、これならば完食できそうだ。
美味しい、けど辛い。でも美味しい。汗が噴き出す。
頭頂部がじわっと湿り出すような感触があって、顔を汗が伝う。
スパイスカレーを食べる時は大体こうで、顔面汗だくで食べることもあって周りから軽くドン引きされるのだが、この日もまあまあの潤い素肌であった。
適度に湿ったでっかいおっさんが店の一角を占拠していてはせっかくのオシャレ空間が台無しなので、食後そそくさと退散した。