改札を抜けた先には、幅の広い通路が左右に長く伸びていた。
新幹線が停車するだけあって駅舎は大きく、利用者も数多い。
建物の中でショパンが鳴っている。
随分と気品溢れる交通機関があったものだと感心し、音の出所を辿ってみると、街角ピアノで女性が鍵盤を叩いていた。
目指す出口はピアノと別方向のため視線を戻すと、横に長く貼り出された真っ赤なポスターが目に止まる。
「豊橋市は三遠ネオフェニックスを応援しています」
自治体とチームの関係性は良好な様子だ。
東口に向かって構内を進むと、駅ビルに設けられたお土産店エリアが右手に見えてくる。
豊橋の名物ってなんなんやろうな、ちくわ?
なんかしらめぼしいものがあれば買って帰るけど、帰りでいいかな。
これからまだ移動しなきゃいけないのに荷物増えるのも困るしな。
流し見ながら横切っていると一枚の広告に呼び止められる。
「ブラックサンダーあんまき」
ブラックサンダーの?あんまき?
あんまきは知立名物の和菓子で、あんこをどら焼きみたいな皮で巻いた、どら焼きとの違いを問われれば巻いてるか挟んでるかです、としか答えようがないような、あんこと小麦粉のベストマッチな一品。
さっき改札を出る前の開けたスペースにも専門の店があって販売していた。
美味いに決まってるけどほぼどら焼きよな、後々現れるであろう現地の有力なお菓子に胃袋の余白を譲るが賢明なはず、とその時は逸る気持ちをぐっと抑え込んだばかりだったが、こちらは中身がブラックサンダー。
なんですか、それはつまりふんわりもちっとなあんまきの皮とザックザクなブラックサンダーの対照的な食感を一度にお楽しみください、ということですか。
そして同時に和菓子な外縁部とチョコでありココアクッキーな洋菓子中心部の和洋折衷も実現しました、ということですか、そうですか。
お土産用にパッキングされたそれはけっこうなボリュームのあんまきが四つ入りで、まあまあの大きさ。
来て早々、荷物が増えた。
この後まだ移動するのに。
思わぬ足止めを食らったが、ようやく外に出る。
空は青く広がり、人々は春の心地よい日差しを浴びながら、広場で思い思いの時間を過ごしている。
上着を着ていると暑いが、脱ぐと日陰では若干の肌寒さを感じるような陽気の中、最初の目的地である珈琲屋を目指す。
それにしても足が痛む。
歩けないとかではないが、地面を蹴るたび太ももに鈍い違和感が走る。
理由はわかっている、昨夜のあれだ。
とくに理由もなく「ねこのきもちをもっと理解すべきではないのか」と思い立った僕は四つん這いになり、我が家の飼い猫と向き合った。
アメショに顔を近づけ、鼻をクンクン、ペロペロと舐められているうちに、さる情報筋(妻)からのタレ込み、どうやら猫が他の猫のお尻の匂いを嗅ぐのはマウントを取る行為であるらしい、が思い起こされた。
ここはひとつ、時折不遜な態度を見せる愛猫にどちらが養い、どちらが養われている身分なのかを一度はっきりとわからせるためにも、見事ネコ化した僕がヤツのお尻を失敬する必要があるだろう。
四足歩行を保持したまま背後に回り込んで匂いを嗅いでみたが、予想に反しまるで抵抗を見せず、すんなり受け入れた。めちゃくちゃ臭かった。
それでいいのか、猫として、簡単にマウントを取られたままで。
情けない、実に情けない。
男として悔しくないのか、いや、悔しいはずだろう。
ならば飼い主のマウントを取り返すくらいの意気込みを見せてみろ。
そう言って臀部を突き出す飼い主。
怯えて後ずさる飼い猫。
追いかける飼い主。四足歩行で。
結局アメショは最後までマウントを取らず、一部始終を見届けた三毛は全力で部屋から逃げ去り、僕の太ももには筋を違えたような痛みが残された。