僕もかつては指導者を志したものだが、大抵のバスケットボール選手は似たような未来を思い描く。
必死になって没頭したこの生きがいに骨を埋める夢を見る。
だがその入り口は実に狭く、道を歩むことすらそう簡単に許されるものではない。
譲次のように長年代表で活躍してきた選手ともなれば、シーズンオフに必要な準備をするための時間を捻出することさえ難しい。
実際に彼はまだ現場で指導するために必要なライセンスを取得できていないが、それはある意味では強みと呼べなくもないように僕は思う。
指導者としての一般的な常識に囚われず、選手の目線でいかに選手と関わっていくかを試行錯誤する過程は、早くしてコーチングの技術を取得してしまった人々には経験できない。
その視点から生まれる新しい形の可能性を僕は期待してしまう。
石崎 別にねぇ、コーチっていう、今固まってるコーチ像みたいなのが俺はそんなに別にいいと思わないから、先入観をあまり持たずに自分の価値観で選手と付き合ってくみたいなのがいいんじゃないかな、と思ったりするんですけどね。
竹内 そうなるともう自分でそういう組織を作らなあかんやん。
石崎 あー、いいじゃん。
竹内 なに、「竹内アカデミー」作らなあかん?
石崎 今の譲次が言ったみたいな理念をブラッシュアップして、こーゆーもんって理念を掲げていったらなんかよさそうな気はするけどね。
竹内 ブラッシュアップ、自分の能力でできるかわからんけどね。
石崎 まあいろんな人の力を。俺も一人じゃなんにもできないからね、コーヒーで。
どんな選手も「引退したらどうするか」の難問に対する明確な意思は持ち合わせていないように思う。
この世界で、少しでも長く、現役で。
それが選手の願いだから。
バスケットをプレーするのが楽しい。
だから選手になったのだ。
終わる日に想いを巡らせるのは、本意ではない。
僕自身も次に進む道を決めたのは、これ以上選手を続けていけないと降参したときにようやくだった。
観念して動き出したのは、最後のシーズンが終わるたったの半年前。
だから譲次にはまだまだ猶予があるのではないかと、勝手に思っている。
そのときまで悩み、葛藤しながら、思う道を歩み続けて欲しい。
大阪エヴェッサ #15 竹内譲次
進展過程ヘジテーション
前編 俺か、俺以外か
中編 青春アミーゴ
後編 その日のあとに
文 石崎巧
写真 B.LEAGUE