鈴木ヘッドコーチの会見の後、しばらくして会見場に現れた柏木は目の前の記者団を見まわして、「ここに僕がいていいんですか。他のメンバーの方が…」と、ボソッとつぶやいて笑いを誘った。3年ぶりに古巣に戻ったことについては「今まで三河には出戻りの選手はいなかったのでそこはちょっと考えました」と言う。だが、移籍して対戦相手の1人となったあとも三河のことは気になっており、試合結果等は必ずチェックしていたらしい。「すごくいいメンバーが揃っているのに勝てていないのを見ると、正直もったいないなあという気持ちはありました。今回オファーをいただいて、求められているのはうれしかったですし、自分が役に立てるのならもう一度このチームで頑張ろうと、それが出戻りを決めた理由です」
ベテランとはいえ、練習では「先に何かをアドバイスするのではなく、各々がまず自分の頭で考えることが大事」だと思っている。長野、熊谷という若いポイントガードに対しても、「ゲームの作り方だったり、状況判断だったり、まず自分が考えたようにやればいいと思うんですね。それを見て気づいたことがあればもちろんアドバイスはします。だいたい一緒に練習をしていても彼らは若くて体力もありますから、僕の方が負けられねぇと、刺激を受けることが多いんですよ」。そう笑いながらも求められて入った以上、厳しいこともためらわず口にする。「今のチームはまだ勝ち方を知らないと感じています。勝負どころでなにをしたらいいのか、なにをやるべきかという基本的なことですね。バスケットはどれだけいい選手が5人いてもその5人がしっかりボールをシェアして、チームで戦わなければ勝てません。オフェンスでもディフェンスでも共有すべきことをちゃんと共有して戦うことが大事。そういったあたりまえのことが浸透して初めて“勝てるチーム”になれると思っているので、そこはベテランの役割としてブレずにやっていきたいです」
今年39歳。体力的には全盛期のように…とはいかない。「特にこの2連戦なんかね。ディフェンスがハンパない渋谷みたいなチームと戦うのはしんどいですよ。かなりしんどい(笑)」。だが、ゲームの流れを読み、ここぞというときに全力で踏ん張る。劣勢になりそうな場面では相手が嫌がる執拗な守りで流れを呼び戻す。数字には表れなくても勝敗を左右するベテランのプレーがこの2連戦でも垣間見られた。いつのときからか、後輩たちからは『兄貴』と呼ばれている。今ではファンからも「兄貴ぃ!」と声をかけられるそうだ。「ここ(三河)に来てもやっぱり兄貴と呼ばれてますね。なんでか理由はわからないけど、まあ好きに呼んでくれみたいな(笑)」
本人が「なんでかわからない」という理由を周りの者はみんな知っている。決して偉ぶっていないのに、頼りになる人、頼りたくなる人をだれもが『兄貴』と呼びたくなるのだ。今シーズン、Bリーグの舞台に“強い三河”が帰ってくるのか。39歳の兄貴は「やりますよ!」と力強く笑った。
文 松原貴実
写真 B.LEAGUE