10年間担ってきたその役割も今季で終了した。来シーズンの去就についてルカ・パヴィチェヴィッチヘッドコーチ、マネージメントスタッフと話し合いを持ったのは5月14日。その際に感じたのは「自分がこのチームに差し出せるものはもうなくなったのだな」ということだ。「ついにこの日がやってきたのだな」と思った。
「実際には“引退”はもっと早くから自分の意識の中にありました。具体的に言えば6年前のチーム編成の話があったとき。ああ、自分にも引退が迫ってきているなあと感じたんです。いえ、正しく言えば、迫ってきたというより、引退は常に自分のそばにあるものだったんだなと知らされた感覚ですね。それからは毎年『これが最後のシーズンになるかもしれない』という思いが頭をかすめたし、だからこそ『今、持てる力を全部出しきらなきゃいけない』という思いも強かったです。ただ自分が抱いていた引退のイメージは時間とともに変わっていきました。最初はなんていうか、引退というと寂しくて、悲しくて、ダークでドロドロしたような悪役的なイメージだったんですが、時間には限りがあるのだから、限りある自分のキャリアにしっかり向き合っていこうと思えるようになってからそのイメージが変わりました。引退っていうのはダークでドロドロしたもんじゃなくて、次のステージに進むための切符をもらう通過儀礼のようなもんなのかなあと。だったら引退がその切符をくれるまでめいっぱい頑張っていかなあかんなあと。この6年間はそんな感じで身近にいる引退と付き合って、次に進むための通行手形をもらうために取り組んできたような気がします」
7月1日からは再びトヨタ自動車の社員として新しい生活が始まる。
「仕事の内容について『こういうものです』とは言えないのですが、どのような業務に携わるにしても学ぶことから始まるのはたしかですね。これから多くのことを覚え、学んでいくことになると思います。また、この業務に就くことは別にして、今後、社内でバスケット、あるいはスポーツに関連する業務があれば、長年現場にいた自分の名前を挙げてもらえるチャンスもあるかと思います。そのためにも今は新しい職場でしっかりキャリアを積んでいかなければなりません。またいつかバスケットの現場に関われる日が来るよう、その日を思い描きながら頑張っていきたいと思っています」
新型コロナウイルスの影響で中止になったBリーグも新しいシーズンに向けて少しずつ動き始めた。だが、もう正中が練習に通うことはなく、ユニフォームを身に付け試合のベンチに座ることもない。「そんな自分を想像するのはまだ難しいですね」。13年やり続けてきたもの、今も身体に染み付いているもの、『常にその場いること』を信条してきた自分が、もうその場にいないということ。「変化した日常を受け入れていくのはこれからです」と言った後、「どこかで不意にアルバルクのロゴを目にしたりしたら。やっぱりね、ちょっとこみ上げてくるものがあるかもしれません」と、小さく笑った。
part4「メッセージ」へ続く
文 松原貴実
写真 B.LEAGUE
画像 バスケットボールスピリッツ編集部