part1「自分がやろうと決めたことは最後までやり通す」より続く
貪欲にゴールを狙うガムシャラな自分を出していきたい
富士通の営業マンから千葉ジェッツの練習生になった石井の生活は当然のことながら一変する。「練習はチームと一緒にやらせてもらって、そのあと(バスケット)スクールに行って指導するという生活でした」。練習生の身では多くの給料は望めず、足りない分はスクールの講師代で賄う。空いている時間をウエイトトレーニングや個人練習に充てれば1日はあっという間に過ぎ去った。練習生から正式メンバーへの昇格が決定したのはそれから半年後のこと。
「シーズンの後半戦に入るときですね。聞いたときは単純にものすごくうれしかったです。ただ正式メンバーになったからには試合にも出たいし、自分のプレーで貢献もしたいと思っていましたから、喜んでばかりもいられない。本当にここからがスタートなんだと自分に言い聞かせました」。それは半年前、NBLのトライアウトを受けたときとはまた違った覚悟。「いい方はおかしいですけど、いろんなものを捨ててやっと立てた場所だったので、もしこれで芽が出なかったらバスケットをあきらめようと、それぐらいの気持ちでした」。
入った年のレジー・ゲーリーHC、翌年のジェリコ・パヴリセヴィッチHCと指揮官は変わったが、その下で自分を磨き続けた石井は年を追うごとに成長できている手応えも感じていた。「でも、自分が大きく飛躍できたのはやっぱりBリーグになって大野(篤史HC)さんに見てもらうようになってからだと思います。シューターとしての自分を信頼して『打てると思うタイミングならいつでも打っていい』と言われたことが自分の背中を押してくれました」。それまでより積極的にゴールを狙うことでもともとあったシューターとしての才能は着実に開花していく。さらに注目されたのは“フロアバランスを読む”という石井のもう1つ武器。味方の足りないところをカバーし、必要な場所に的確なパスを送り、チームメイトのミスを見事にフォローする。『痒いところに手が届く』と評されたそれらのプレーは、スタッツには表れない大事な場面で幾度となくチームを救った。
2年連続でチャンピオンシップファイナルに進出しながら、敗退の無念さを味わった千葉だからこそ新シーズンに懸ける思いは強く、「石井講祐はそのために不可欠な選手」と誰もが思っていたに違いない。昨シーズン終了後、石井自身の胸にあったのも「来季こそはこのチームで絶対優勝してみせる」という思いだ。その時点でまさか自分がここから去ることになろうとは頭の端にも浮かばなかった。