シーズン開幕前、またはシーズン中に現役引退の意思を明らかにするケースは日本バスケット界でも増えてきたが、そのほとんどは当該シーズンを全うした上で引退することを大前提としている。年内いっぱいでの引退を表明した富山グラウジーズ・水戸健史の例は非常に珍しいケースだ。しかし、契約更新の時点でラストシーズンとなることを発表していた茨城ロボッツ・平尾充庸が、プレシーズンゲームで自ら語った引退の期日はそれを上回る衝撃だった。

平尾が自身の引退日としたのは9月27日。チームにとって開幕2試合目という異例の早さだ。昨シーズン序盤に大怪我を負い、コートに戻れないままシーズンを終えた平尾が、ファンに別れを告げるために選んだその舞台は慣れ親しんだホームコート、アダストリアみとアリーナだった。
2日前のシーズン開幕戦はベンチ登録されなかったが、この日はベンチ入り。しかし、序盤から先行する三遠ネオフェニックスに茨城が必死に追いすがり、勝敗の行方がわからないまま時間が過ぎていく。平尾自身「あの点差で自分が出るとは思ってなかった」と振り返るが、茨城が6点ビハインドとなった第4クォーター残り2.8秒、タイムアウトを請求したポール・ヘナレヘッドコーチは平尾をコートに送り出した。
指示を聞き終えてベンチから立ち上がった平尾は、湧き上がった拍手と歓声に「これで最後なんだ」と実感が込み上げ、一礼してコートに足を踏み入れたときには既に大粒の涙をこぼしていた。状況を察した三遠の選手たちはディフェンスを放棄。左コーナーに立ち、吉井裕鷹のスローインをオープンで受けた平尾が「ほぼほぼリングは見えてない」中で打った3ポイントはリングに弾かれ、それと同時に試合終了のブザーが鳴り響いた。

対戦相手との握手、観衆への挨拶、家族やチームメートとの記念写真、胴上げ、そしてコート1周。少しずつ笑顔も見せるようになっていった平尾は、試合後の囲み取材を行うミックスゾーンに姿を現したときは実に晴れやかな表情だった。
2012年に天理大からJBL・パナソニックに入ったのがキャリアの端緒。そのパナソニックがたった1年で休部となる波乱のスタートだったが、そこから幾度かの移籍を経て昨シーズンまでの14年をトップリーグで過ごし、今シーズンは茨城で10シーズン目に突入していた。その道のりを振り返ると、やはり最も長く在籍した茨城のクラブとしての進化が特に強く心に刻まれているようだ。茨城に移籍してきたのは、Bリーグが発足してまだ2シーズン目。クラブもつくば市から水戸市に拠点を移して日が浅く、地域への浸透度も当然ながら今ほどではなかった。アダストリアみとアリーナ完成やB1昇格など、クラブの置かれた環境の変化を身を以て体感してきただけに、B.PREMIERにも参入した今のクラブの姿には人一倍の感慨がある。

「まさかここまで大きいクラブになると思ってなかったですけど、ファン・ブースターの方々やスポンサーさんが一体となってロボッツを応援してくれる形が出来上がったのかなと思います。車を運転してても、他の車にロボッツのステッカーが貼ってあるのをたくさん見ますし、街中でも『ここもかよ!』と思う所までポスターを貼ってくれてて、そういうのを見るだけでも嬉しいです。今は当たり前のように見える景色も、10年前に来たときはなかったですし、フロントの方々、今までロボッツに関わってくれた方々が一歩一歩積み上げてきたことが今こうやって形になってるのを嬉しく思います。もちろん、これで満足してはいけないと思いますし、ロボッツももっと強くなっていかないといけない。僕もまだロボッツに関わっていくので、裏方としてしっかりと支えられるような人間になりたいと思います」











