『このゲームは非常に大きかった』と今シーズンの最後に言いたい試合だった
ほぼ1万人が埋まった代々木第一体育館での水曜ゲーム。ロスターが発表されると吉井裕鷹の名前はなく、直前にコンディション不良のため凱旋しない情報が舞い込んできた。17勝4敗の三遠ネオフェニックスが、18勝3敗で中地区1位に立つアルバルク東京に挑む首位攻防戦。これまでの戦績は1勝1敗。3度目の直接対決は、82-72で三遠が勝利し、順位が入れ替わった。
三遠はスモールフォワードの吉井に代わって先発に名を連ねたのは、2cm身長が低いポイントガードの湧川颯斗。昨シーズンはB2の滋賀レイクスで過ごし、平均約20分出場。三遠へ移籍し、大事な首位攻防戦で初の先発を託された。開始2分も経たないうちに、A東京のレオナルド・メインデル、そして小酒部泰暉から華麗にボールをさらい、早くも2本のスティールを記録。「スティールだけではなく、(パスやドリブルをそらせる)ディフレクションも多かった。何よりもエントリーのところをしっかり意識して、ディフェンスのトーンをセットアップしてくれた」と話す大野篤史ヘッドコーチの表情は柔らかい。湧川も「交代で出るときと同じく、自分の役割であるディフェンスを最初から全うするというメンタルで臨みました」とはじめての先発に緊張はない。淡々と自分の仕事をこなしていった。
A東京もビッグガードのテーブス海が起点となり、この試合の多くの時間は日本代表とのマッチアップが続く。「スピードもあるし、腕も長いですし、そこでストレスをかけられたのはもちろんあった」とテーブスは、試合前から湧川のディフェンスを警戒していた。「名前負けして欲しくなかった。もう失うものがないはずなのに、何にビビっているのか分からないが、これまでは自分が持っているものを出し切ろうとしていなかった」からこそ、大野ヘッドコーチはあえて経験豊富なオリンピアンと対峙させ続けた。少しでも弱気な姿勢を見せればすぐさま交代することも踏まえ、湧川を見守る。約2週間前、千葉ジェッツ戦では「富樫勇樹選手を相手に思うようにできなかった。相手の名前にビビって、自分が持っているものをチャレンジしようともしない。そういう姿勢だけはコート上で見せて欲しくない」と指揮官の逆鱗に触れる。第1戦目は6分47秒のプレータイムに終わり、2度目のネームバリュー高い選手との試験に挑む。
「ディフェンスをしないと試合に出られない。バイウィーク前の試合を見返したときに、ディフェンスが自分の中でも毎試合見る度に思う課題でした」と振り返り、身体の当て方や手の使い方などコーチ陣を巻き込んでスキルを磨き、レベルアップに勤しんできた。技術もさることながら、大野ヘッドコーチが求めているのは戦うメンタル。2度目の試験を終え、「ディフェンスは自信を持ってできたが、それを継続していくことがこれからの自分の課題だと思っています。オフェンスではチームオフェンスを遂行し、その中で自分の強みを出していけるようにしたいです」と攻守ともにレベルアップできた。
大野ヘッドコーチの信頼を勝ち取り、27分21秒出場。12点、8リバウンド、5スティール、1ターンオーバー、2ポイントシュートは3本放ってすべて決めている。スモールフォワードの兪龍海とともに、吉井の穴を埋めるべくプレータイムを与えた大野ヘッドコーチは、めずらしく長いシーズンの中のたった1勝に価値を見出す。
「主力を欠いた状況で若い選手たちがしっかり経験を積み、このようなゲームができたことがアルバルクに勝ったことよりも重要。これから先、彼らのステップアップに必要な経験ができた。CS(チャンピオンシップ)に出られるかどうかはまだ分からないが、上に行くためにも湧川や龍海にはもっともっと成長してもらわなければいけない。『このゲームは非常に大きかった』と今シーズンの最後に言いたい試合だった」