猫の朝は早い。
まだ外が明るくなりきらないうちからベッドを這い出し、食べものを探して家中を徘徊する。
どういうつもりか知らないが押し入れを開けるだけ開けて放置し、掃除用のコロコロに噛みついては口の中を舐め回し、除湿機の貯水タンクに爪を引っ掛けて中身をぶちまける。
それらの場所からご飯が湧いてでたことが一度もないのは知っているはずだ。
おそらくは腹が減ったからどうにかしろ、という意思表示だろう。
しかしそれでも起きてこない飼い主には見切りをつけ、実力行使に打って出る。
ベッドに戻り、安眠する飼い主の頭部に勢いよく牙を突き立てんとして口を開く。
僕は過去に一度、これによる流血事件を経験しているため、ヤツの殺気を察知して睡眠状態から瞬時に脱するスキルを手に入れた。
寸前でかわし、ベッドから振り払うが、すぐにまた登ってくる。
こうなるともう手がつけられない。
あきらめて食事を準備する。
皿に顔を突っ込んで一心にむさぼる飼い猫を見ながら、これらの過去を思い出す。
ミャウミャウ言ってご飯をねだっていた幼少期のこと。
か細くておぼつかない足取りで、すがるような目でこちらを見つめて、僕が世話をしてあげないと到底生きてはいけないように思われたささやかな存在が、今ではこんなにも大きくてふてぶてしい。
コロコロに向かって親の仇みたいに飛びかかっていくの、まじで意味わからんし、飼い主にこっそり忍び寄って頭を狙ってくるとか熟練のアサシンの手口だろ。
いったいどんな英才教育を受けて育ってきたんだ。
さすがに命は惜しいから、要求には応じますけど。
いつのまにか、僕は世話するのではなく世話をさせられる立場になってしまっていた。
思ってもみない時間の起床となったが、バイトのシフトはまだ先なのでだいぶ余裕がある。
せっかく時間ができたので、試合でも見ることにする。
ようやく部屋の中にも日の光が満ちてきたころ、パソコンを開いて宇都宮ブレックス対横浜ビー・コルセアーズの動画をクリックした。
昨シーズンを優勝した宇都宮は組織的で連帯の強いディフェンスが特徴的だったが、オフェンスの合理性も高い。
かたちにはこだわり過ぎず、相手チームを分析した上で相対的に自分たちが有利となるポイントを柔軟に攻めていく。
なかでも鵤誠司や比江島慎などのアウトサイドプレーヤーのポストアップは強力で、前年のチャンピオンシップ、千葉ジェッツ戦では富樫勇樹のサイズをしつこく攻めた。
これによって多くの有効なオフェンスが生まれたのはもちろんだが、相手が相応のストレスを受けるという効果も副次的に期待できる。
弱点を突かれ続けている人間の精神状態が良好であるはずもなく、デイフェンスで上手くいかない影響はオフェンスにも及び、判断の精度が落ちやすくなる。
合理的なオフェンスの展開が相手のオフェンス力を削ることにもなるため、自分たちのディフェンスがうまくいきやすくなる。
良いディフェンスが良いオフェンスに繋がるのと同様に、良いオフェンスも良いディフェンスに繋がるのだ。
宇都宮の高いディフェンス力の要因は、ここにもあるといえるだろう。