高速で動く物体は時間の流れが遅くなるらしい。
そしてその速度が速いほど、時間は一層ゆっくりと進んでいくようだ。
つまり、我々から見てほとんど光の速さでコートを駆け抜ける五十嵐圭が、B1リーグ最年長でありながらあれだけの若々しさを保てているのは、物理学的に当たり前のことと言える。
ほとんどの試合に先発で出場し、20分近く毎試合プレーする体力を普通の42歳が持っているはずはないし、見たところまだ30歳をちょっと越えた程度な動きのキレをしていらっしゃるので、大体10年分くらいをあの頑健なふくらはぎから生み出されるスピードによってちょろまかしているはずだ。
ところで速度によって時間の長さにどれくらいのズレが生じるのかというと、時速200Kmの新幹線に乗っている人の時計がホームで静止している人の時計と比べて1秒あたり100兆分の2秒ほど遅れる、などというそんな僅かばかりの違いがわかる時計ってどんなん?G-SHOCK?みたいな話。
なので時空の越え方から逆算すれば五十嵐は控えめに言って新幹線より速い。なんなら完全に憶測だけど地球上のあらゆる物体で一番速い。それくらい老化が見られない。時間の進みが遅い。
アイアンマン、という語感からはムキムキマッソウな鋼の肉体、あるいはパワードスーツを着込んで戦うCEO的なイメージが容易にされるが、人よりも長く在り続けるために必要な要素が強さだけとは限らない。
戦場において圧倒的なスピードが生み出す優位性の高さは富樫勇樹を見ても明らかだ。
どれだけ強くとも触れられなければその力には行きどころが与えられない。
そして富樫もなかなか老けない。
他に比べれば緩やかながらもさすがに近年ではスピードの衰えが見られ始めたが、それによって逆に目立ち出したのが技術力の高さ。
突出した速さに目を奪われて隠れがちだった高いレベルのドリブルスキル、パススキルが速さと入れ替わるようにして年々主張を強めてきている。
去る6月18日、折茂武彦氏の引退試合が催され、これによって正式に一つの時代が終わったような心持ちにさせられた。
49歳まで現役、はパワーワード過ぎてなんの説明も必要としないまさに偉業だ。
だがこの数字を超える選手なんて今後現れないだろ、と鼻息荒く断言できないのはスピードと上手さを兼ね備えた五十嵐の存在があるからに他ならない。
40歳代の1年1年が身体的にどんな変化をもたらすのかなど見当もつかないが、それでも五十嵐ならば、50歳を過ぎてもまだ35歳くらいの運動量で元気にやってくれているのではないだろうかと、なぜか楽観的に思えてしまう。
その頃には40も半ばになる僕の老いてきた目では、速過ぎてプレーが見えないかもしれないけど。
文 石崎巧
写真 B.LEAGUE
「Basketball Spirits AWARD(BBS AWARD)」は、対象シーズンのバスケットボールシーンを振り返り、バスケットボールスピリッツ編集部とライター陣がまったくの私見と独断、その場のノリと勢いで選出し、表彰しています。選出に当たっては「受賞者が他部門と被らない」ことがルール。できるだけたくさんの選手を表彰してあげたいからなのですが、まあガチガチの賞ではないので肩の力を抜いて「今年、この選手は輝いてたよね」くらいの気持ちで見守ってください。